HOT DOCK     くれ〜じ


「ねぇ、おじさん、ここから先は、行けないのかい?船が見たいんだよ。」

日焼けした満面の笑みは「いいよ、バイクはそこに止めて行きな。作業の邪魔はしない様にナ」そう目だけで僕に語り掛け、作業員用なんだろうか、ドック内の駐車スペースを指差した。


いい歳して、ガキだと言われようが、無責任と罵られようが、今日は仕事は休み。理由は単純。こんな素晴らしい日に、1日コンクリートの箱に缶詰なんて、馬鹿げてる。

FXDX(僕は「ハーレー」って呼び方が好きじゃない。たまには使うけど、なんかDavidson家が蔑ろにされているような気がして、自分のバイクはモデル名で呼ぶ事が多い。因みにHarley家の末裔はもう会社には居ない。)が壊れて、修理の間代わりに借りたTTR Raid。ハンドルを巾の狭いものに変えた、超すり抜け仕様シティートラッカーである。視線が高いので周囲の動きが良く見えて、街中飛ばすには結構便利がいい。もう少しパワーがあれば面白いだろうナ...おっと周りは迷惑か...

環状7号線を一気に南下して、港を見に行こうと思った。環状7号線ってのには色々想い出があって、こうしてたまに走ると感慨深い。まぁ、深くは突っ込まないでヨ、気にしない、気にしない。散々走り回ったので、何処でどの車線を走れば速いか、身体が覚えている。自然にペースも上がり、目指す埠頭はもう直ぐそこだ。

大和大橋を渡り、暫く埋め立て地の中を走り回ってみる。平日の埠頭はまるでトラック ショウだ。軽から普通の道は走れないような大型トレーラーまで、ありとあらゆるトラックが走っている。都道316号線の大きな交差点で暫くとどまり、行き交うトラックを眺めてみる。とにかくデカイ。右左折の走行ライン、内輪差。2車線の左折レーンでは、大型トレーラのバトルが見れる。イン側のトレーラーにアウトからかぶせる様に並び、2台揃ってフル加速で立ち上がって行く。平日の埠頭は忙しいのだ。我先に目指すヤード目掛けて競争だ...ド迫力である。流石にあの間はすり抜けられそうにない。「あったりめぇだぁ、そんな危ねぇ事するんじゃねぇゾ」腰痛番長の声が聞えて来そうである。彼は、最近、大型、大型牽引、大型2種免許を一気に取得した頑張りやさんで、「路上における大型車と二輪車の相対性理論」にはチぃとウルサイ。

さてと、ここは何処だ?そんなに複雑な場所じゃないんだけど、面白がってアチコチ走り回ている内に、すっかり迷子である。「多分コッチ...」水の匂いのする方に右折。倉庫の向こうに、無骨な貨物船の船尾が見えた。
ドックの入り口には鉄柵が置かれ、大きな進入禁止標識がぶら下がっている。特に厳戒な警備体制が敷かれている訳ではないが、「ここはイカツイ海の男達の仕事場なんだ。トーシローさんは危ねぇから下がってナ」的な威厳を放っている。その脇に、暑い最中だってのに、制服制帽の間に、深いシワが刻まれた日焼けした顔をのぞかせる壮年の警備員が佇んでいる。標識だけだったら笑いながら突っ切ってただろうけど、いくら図々しい僕でもこれは少々近寄り難い...そんな僕の胸中を察してくれてかどうかは知る由もないが、意外にも、外見からは想像すら難しい程の優しい笑顔を見せるオジサンは、快く僕を迎え入れてくれた。

ヘルメットをぶら下げて、ドックの端の方に、なるべく作業の邪魔にならない様に腰掛けさせてもらって、しばらく荷降ろし作業を見物した。ロシア船籍の船らしい。船尾には、鏡に写したアルファベットみたいな見慣れぬ文字で、船名らしき文字列が白くペイントされている。
大きなトラス構造のコンテナ専用クレーンが縦横無尽に動き回り、40フィートの鉄の箱を次々と埠頭に降ろして行く。黄色いヘルメットに年期の入ったツナギに身を包んだ作業員達の目は真剣だ。手慣れた身のこなし。カメラは持ち合わせていなかったけど、仮に持っていたとしても、無断でレンズを向ける事を憚らせるであろうほどの気迫が漲っていた。
手際良く降ろされた積み荷は、引切り無しに目の前を行き交うトラックや大型トレーラーに積みかえられ、今や世界に冠たる大量消費国と化した日本の隅々目指して運び去られて行く。

対岸の青海埠頭に見慣れた船が停泊していた。船体には大きな「EVER GREEN」の文字。そう言えば今日着く船があった筈だけど、あれかな?エバーグリーンの船には、みんな頭に「EVER」を冠した船名がついている。週に1度の割合で、シアトルのタコマ港から、或いは東海岸ニューヨーク港からパナマ運河を経て、ペンシルバニア州ヨークを積み出されたコンテナを載せてやって来る。40フィートのコンテナに通常24個ずつ収められた箱にはそれぞれ、「Your HOG has arrived」の文字。到着を待ち侘びるまだ見ぬオーナーへの造り手からの粋なメッセージ。日本を走る鉄の馬達は、みんなこうして様々な人の手を経て、その人々の色んな想いを乗せて、時間をかけて大切に大切に運ばれて来る。

左手の方からだんだんその影を大きくして、一艘の大型貨物船が、タグボートに引かれてやって来た。ちょうど僕が腰を下ろした場所と、対岸を垂線で結んだ辺りの地点で、タグボートは引き綱を切り離し、大きく右へ旋回し、港の奥へと帰って行く。貨物船は更に数百メートル湾内を直進し、やがて向こうに見える堤防の切れ目から、外洋へとゆっくりゆっくり進んで行く。あの船はこれから何日の間海の上を旅するんだろう?「航海」って言葉の響きには、人々の見知らぬ土地に対する夢と、過酷な自然に対する畏怖の念が溢れている。

Raidに戻り、エンジンをかける。警備のオジサンに左手で感謝の意を表しつつ、右手でアクセルを開け、前輪を軽く宙に浮かせながら、波止場を後にする。オジサンはまた笑顔で見送ってくれた。

船のスピードは遅い。過酷な自然現象や、故障、孤独、色んな障害に遭いながら、それでも確実に前へ前へと歩みを進め、やがて目的地に到達する。
「急がば回れってヤツか...」
どうやら今日のサボりを正当化する、良いお題目が見付かった様だ...
猛スピードでバトルするトラック達の間をすり抜けながらそんな事を考えてた。