ダウン ザ 多摩 リバー
くれ〜じ
別に話題のタマちゃんを見物に行った訳ではない。夏休みを予定通りに取るために深夜までかかって全ての仕事を文字通りヤッツケて、ちょっと羽伸ばしに行ってたら例によって朝になっちまったからあても無く走り出して、
「そう言や多摩川の河口って見た事ねぇな...」
なんて思いついちまったから運のツキ。いつの間にか246を左に外れ、川沿いを下り始めていた。
玉堤通りは、解り易くて便利と思われているのか、対向1車線の狭い道の割には交通量が多い。週末なんかは橋の前後は大渋滞。だから普段はあまり利用しない。おまけに、少し以前にそっち方面に住んでいた事があって、ガス橋まではたまに走って知っていたが、その先は行った事が無い。面白そうジャン...
案の定、今日も早朝だってのに、結構大型トラックなんかが、巾利かせて走っている。愛車の幅広〜いハンドルでその脇をすり抜けるには少々勇気が要りそうだ。けれど、右岸を河下り方向に向かう場合は、道の左側が河川敷の土手になってて、斜めにせり上がっている。つまり、タイヤを道路の左端ギリギリまで寄せてもぶつかる事はない。
チョットの間車の後ろに、死角に入らない様に付いて注意を引いといて、一気にすり抜ける。たまに幅寄せされたり、クラクション鳴らされたりするけど、車ってのは、フロントフェンダーの辺りの死角が一番車両感覚掴み辛い。フロントタイヤの辺りで少しウロウロしてやると、ビビッて直ぐ避ける。習性さえ掴んどけばどうってことなくやり過ごせる。
川沿いの道とは言え、水が見えるのはごく僅かな間だけだ。夏だけあって、水辺にはもう仲間とバーベキューに興じる人達が見える。河は豊かに水を湛え、ゆっくりと流れて行く。川下に下るほど水のスピードは遅くなり、殆ど止まっている様にも見える。酷かった頃に比べると、水も随分綺麗になっている、と誰かに聞いた事がある。いっそ泳げるくらいにならないかナ...
川崎の街の手前にさしかかると、道は河を少し離れる。病院、役所、オフィスビル、他所となんの変わり映えもしないただの街を過ぎると、さっき迄ののどかな風景は一変し、やたらと角張った工場地帯が現れる。道はいつしか対向2車線の広い産業用道路に姿を変え、単線の、レールの錆びた貨物線沿いに進んで行く。やがて左側に水が姿を現す。ここはまだ河なんだろうか、それとももう海なんだろうか?いつの間にか高速道路が頭上の空を覆い隠す。河もさっきまでの土に囲まれた暖かさを失い、建造物に近い真っ直ぐな水路と化していた。
緑色の標識が、やがて高速道路の入り口が近い事を知らせる。真っ直ぐ進めば、あと数十メートルで産業用道路はせり上がり、空に向かって右にループを描き、目の前には夏の青い空が広がるだろう。全開で攻めれば、戦闘機のスクランブル発進気分を味わえる筈だ...
誘惑を断ち切り、高速の入り口を左に外れた。
目の前には、フェリーターミナルの隣に、ただ緑の草地と低い木々が植えられているだけの、堤防に囲まれた公園が開けていた。右側の堤防は、知られた釣りスポットらしく、釣り人達が思い思いにテグスの放物線を描いて針を投げ入れている。
堤防の登り口の脇には、売店。オバチャンが一人で、飲み物や、カップメン、釣り餌なんかを売っている。白地に波の絵、真ん中に赤く「氷」一文字の、お馴染みの夏の風物詩が軒にぶら下がっている。喉の渇きを覚え、レモンシロップのかき氷を注文した。オバチャンは徐にクーラーボックスから氷の塊を取り出し、昔乍らの鉄ッチンの氷カキに挟み込み、ハンドルを廻し始める。氷を砕く音だけが、ゆっくりとした時間の流れの中を漂っていた。今年初のかき氷は単純に美味しかった。
釣り人の居ない正面の堤防に向かい、手前の草地に身体を横たえる。
何度も塗装し直した跡の目立つフェリーターミナルのタラップの上を、轟音と共に羽田を飛び立った旅客機が、お盆休みの帰省客と東京土産を満載して、フルパワーで空へ駆け上がって行く。機種による排気音の違いが面白い。どうやら両翼に一つずつエンジンを搭載したジャンボタイプの奴が、一番パワーが出ているようだ。音が一際カン高く、加速も明らかに速い。先程の高速道路とは逆方向にループを描いて昇って行く。飛行機が引切り無しに飛び立って行く向こうを、貨物船がゆっくり外海に向かって進んで行く。陽の高さを、上昇して行く気温と肌を焼く日差しの強さに感じながら、空の青に吸い込まれるように、いつしか眠りに落ちていたらしい...
午後1時、そよぎ始めた海風に顔をなでられ、目が覚めた。
「やっちまったゼ...」
抜けるように青い空と、強烈な日差しをバックに、すっかり日焼けした、夏仕様の僕が立っていた。