通り雨

仕事を終えて、駐車場の愛車に向かう午前零時。どうやら雨は止んだようだ。地面は乾いている。良かった。先程までの雷雨が嘘のようだ。凄い雷雨だった。時折近くに落雷したのか、閃光の後間髪入れずに激しい雷鳴が夜の街に轟いていた。名残の湿った空気がT-シャツから突き出した二の腕に纏わり付いてくる。だが、気温が幾分か下がったお陰で、雨上がりの洗われた様な澄んだ空気が肌に心地よい。

エンジンに火を入れる。暖気がてらに空ぶかしを5回程...今日も好調なようだ。ミッションを1速にかき上げ、クラッチをミートする。180mm幅、55%偏平のハイグリップ タイヤが路面を蹴飛ばし、車体は滑るように走り出す。

と、その時空に閃光が走った。ほぼ同時にヘッドライトに照らされた地面に黒い大粒の染みが1つ、そしてまた一つ...雨だ...
すかさずビルの裏口に張り出した軒下にマシンを寄せる。エンジンカット。程なく叩き付けるように、大きな雨粒が地面を勢い良く黒く染め始める...閃光が1回、そしてもう1回...遠くに微かな雷鳴が響いている...

「お手上げだな...」市販のバッグにベルトを自分でアレンジしたお気に入りのウェストバッグに手をやり、煙草を取り出し、会社の同僚の出張土産のZippoで灯を点す。

煙草の煙を湿った空間に燻らしながら、マシンに跨ったまま夜空を見つめる...街灯に照らされた雨粒が、気ままな放物線を描きながら落ちてくる。暗い闇の中から、ある時突然光を帯びた水滴が現れる。襲いかかって来る雨粒は、予測の付かない自然現象の縮図のように、不規則な弧を描きながら、容赦無く僕のヘルメットのシールドを叩く。

街路樹の枝の間を白色灯が照らすと、その2本の枝の合間だけに、小さな滝が流れ落ちる。滝は右に左に流れを変え、また闇の中へと落ちて行く...

忘れた頃に、鋭い閃光が闇夜の街を駆け抜ける。ガラス面積の多いビルに囲まれた街を駆け抜ける光は、無作為に反射し、闇夜の街の隅々に、ランダムにスポットライトを照射する...夜の帳に隠れた振りをした、普段は気付きもしない様々な街の顔が曝け出されて行く。

何時しか煙草の灯はフィルターに近づき、過ぎ去った時間の経過を僕に知らせる。

「止まないのかな...」でも西へ向かう僕は、心の何処かで諦めない。天気はやがて、西から快方へ向かう筈だ...世間一般では常識とされている事実も、毎日気にして体験していると、これは見込み無いとか、もう少し待ってみようとか、ほぼ時間単位で判別できるようになるから不思議だ...

煙草を投げ捨るのとほぼ同時に、雷鳴が遠のき始め、雨脚が弱り始めた。そして先程の暖気でエンジンの隅々に行き渡った筈の20W50が、全てオイルパンに戻る頃、雨は上がった。
樹の枝の間の滝は何時しか涸れ、濡れた葉先から落ちる水滴だけが、時折光を放っている。
雨に洗われたアスファルトの路面が、宝石を散りばめたように所々に光を帯びている。

エンジン始動。暖気がてらにもう一度空ぶかしを5回程...ミッションを1速にかき上げ、クラッチをミートする。180mm幅、55%偏平のハイグリップ タイヤは何事も無かった様に路面を蹴飛ばし、車体を前へと押し出す。

やがて夜はふけ、そしてまた夏の鋭い日差しと共に朝がやって来る。