A DAY...
第1章 QUALIFY
朝方突然降出し、嘲笑うように通り過ぎて行った冷たい雨は、アスファルトの路面を真っ黒に染めていた。午前7時半。一旦濡れてしまった路面は、まだ弱い11月の早朝の陽射しでは、なかなか乾いてくれない。思わずタイムスケジュールに目をやる。
「前の組は何のクラスだ?MVアグスタ
カップ〜?最悪。奴等のペースじゃレーシングラインすら乾かないゼ!」
つくばサーキット、ウォームアップ
エリア。暖気中の自分のエンジン音に集中して、焦る気持ちを心から追い出そうとする。
予選開始は8時25分だ。与えられた時間は15分。最初の5分間は、ウォームアップ
ラップ。5分が経過すると、グリーン
フラッグが振られ、タイム
アタック開始となる。つまり、差し引き10分間の間に計測される1周のベストラップで、スターティング
グリッドが決まるのだ。
コース
インして2周程度は、抑え目のペースでタイヤを暖める事に集中する。特にここ数年に開発されたハイグリップ
タイヤは、充分に暖めないとグリップ力を発揮してくれない。3周目の最終コーナーからマシンをレコードラインに乗せて、全開でホームストレートに戻って行くと、グリーンフラッグが振られている寸法だ。
各車、前後に居るライダーをこのウォームアップ周回の内にチェックし、なるべく邪魔される事なくタイムアタックできるタイミングを探してポジション取りを行う。邪魔になりそうな遅いライダーは早目に抜いておかなければならない。
少し手前のコーナーの立ち上がりで、抜いて行ったオープンクラスの腰痛番長の背中が見える。前のライダーは、最終の飛び込みで楽にかわす事ができるだろう。申し分ない。GO!
最終コーナーのイン側めがけてカットイン。つくばのラストコーナーは、まず100R、そして90Rと連続する、複合右高速コーナーだ。883の場合は普通4速で進入するか、5速のまま飛び込んで、途中で4速にシフトダウンして立ち上がる。昔から「最終を制した者は、つくばを制する」と言われる程、コースの中で最もスピードが乗り、且つ技術的に難しいコーナーである。
僕の場合は、気温(路面温度)や、絡んでいるライダーによって、4速で進入する場合と、5速で文字通り「飛込んで」行く場合とを使い分けている。
軽くブレーキを当て、4速フルバンク...一度一気にイン側にマシンを寄せて行く。右膝を路面に擦りつけながら、スロットルは全閉。次第にGでマシンはコースのアウト側へ向かってはらんで行く。エンジン回転と車速が落ちるまでひたすら我慢...マシンが再度イン側に向きを変えたらスロットルを徐々に開けて行き、再度イン側のクリッピングポイントをかすめて、ホームストレートのアウト側ギリギリいっぱいめがけて全開で立ち上がって行く。
そろそクリッピングポイント...メインポストで振られる筈のグリーンフラッグが見えてくる...
ん?そこに転がってる黒いBuellは???
なんだい、Ei じゃねぇかい、大丈夫か?おぉ自分で立ち上がった。怪我はねぇナ。まさかオイルなぞまいてねぇだろぅナ!?
OK、悪いが先に行くゼ!
コース上では、たとえ恋人が転がっていたって、助けに止まってはならない。障害物は全て多重クラッシュの原因となる。冷たい様だがそれが掟なのだ。自分が轢かれたとしよう。轢いた方もただじゃ帰れない。轢かれた方が助かって、轢いた方がオサラバ...なんて事だって起きる。
タイムアタック開始。4速全開でスタートラインを突っ切っり少しコース中央にマシンを寄せ、再びアウト側へマシンを振る。第1コーナーに備えるためだ。コース左側の緊急車両用ゲートの奥で伏せていた体を起こし、フルブレーキング。ブレーキを握ったままスロットルをあおり、3速、2速とシフトダウン、と同時に、コーナーのイン側の縁石めがけてマシンを倒し込む。コースは乾き始めていた。が、まだまだあちこちにウェット
パッチが残り、不用意に進入してくるライダーを待ち構えている。フルバンクでパッチに乗り、雑にスロットルでも開けた日には、容赦なくマシンは暴れだし、ライダーを振り落とす。
朝の路面温度はまだ低い。こうそこら中濡れていると、皆無理は出来ない筈だ。チャンスだ。883はパワーが低い分、滑りやすい路面での影響が比較的少ない。少しは前の方にマシンを並べられるかも知れない。どうせ混走レースだ。どんなに頑張ったってストレートで抜かれてしまうのは防ぎようがない。それほどオープンマシンとのスピード差は大きいのだ。ならばスタートで可能な限り前に出て、後はなるべく抜かれない様に工夫すれば上位が狙えるかも知れない...
下りのS字コーナーをなるべく直線的なラインで駆け下りる。3速4速とシフトアップし、2個目のクリッピングでフルブレーキ。2速落して左にカットイン。
第1ヘアピンは、ほぼインベタで曲がる。内側に向けて傾斜が付いているので、コーナリング中に足元をすくわれる事はないが、問題は立ち上がりである。コーナーが終わると、当然傾斜はなくなり、フラットなコースに戻る。ここが落とし穴。マシンと路面の関係で言うと、要はこの傾斜がフラットになる瞬間に相対的に逆の傾斜に乗ったのと同じ状態になる。見かけよりマシンが寝ている状態=滑りやすい状態を作り出す訳だ。特にハイパワーなマシンや、重いマシンの場合は、タイヤの限界を超え易く、簡単にスリップダウンやハイサイドをくらう。アウト側のグリーンが狭いのもここが恐い理由の一つ。リアが流れて持ち堪えたとしても、立て直せないままアウト側のクラッシュパッドとコンニチワ。痛ぇだろうなぁ...
3速にシフトアップし、全開。直ぐに全閉。3速のまま通称「ダンロップ下」のシケインに進入する。右コーナーを曲がり、右側の縁石に膝があたると同時に切返し、左にフルバンク。つくばでもっともマシンがリーンするコーナーだ。左のステップばかりか、シフトレバーの先端までが接地し、削れる。3速のまま立ち上がるには少々トルク不足な状態に陥るが、2速に落して加速するよりはかろうじて速いので、構わずスロットルを開けて行く。
コース右側のゼブラの先端めがけてフルスロットル。そして今度は左のゼブラへ向かう。この左にバンクした状態の時に4速にシフトアップする。タイヤの直径が最も小さくなった瞬間を狙う訳だ。同じ力なら大きな歯車を回すよりも小さな歯車の方が強く速く回せる。教科書の物理学は苦手だったけれど、こういう事なら直ぐに覚えられるもんだ...
4−3−2、右へリーン、第2ヘアピン。第1ヘアピンの右バージョン。クリッピングを、わざとイン側を開け気味に攻めて行く。やはり、傾斜がなくなる瞬間に、今度は逆方向にハイサイドを食らうのを防ぐ為だ。
傾いているマシンに対して下側に倒れるのがローサイド。原因は、一般的にはスリップダウンが多いので、この言葉は殆ど使われない。
上側に、はね飛ばされる事をハイサイドと呼び、ライダーにとっては最も恐ろしい言葉の一つだ。タイヤがスリップすると、縮んでいたサスペンションにかかる力が抜け、ばねが伸びる。スリップに驚いて不用意にスロットルを戻すと、今度はタイヤがグリップを取り戻し、今度は一気にばねが縮む。ここでスロットルを開けて駆動をかけていれば、問題無くこらえられるか、最悪でもそのままスリップダウンする訳だが、理論的には解っていてもそう簡単に反射的なコントロールは出来ない。一気に縮んだばねは、タイヤが取り戻したグリップを基点に今度は一気に伸びる。この力でライダーは傾いているのと反対の「ハイ側」のサイドに跳ね飛ばされる訳だ。3月の練習で、まさにこれに遭遇した。幸い僕はマシンの「ロー側」に振り落とされた。マシンはそのまま100mほど走りつづけ、イン側のグリーンに飛び出し、ガードレールに激突して止まったらしい。フロントフォークは無残にも曲がり、交換を余儀なくされた。かなりの衝撃で衝突した証拠だ。「ハイ・サイド」に振られていたら、骨折は免れなかっただろう。
バックストレッチ。たった700mの休息である。ヘアピンを2速で立ち上がり、全開、全開で5速まで繋いで行く。5速で一度フルスロットルをくれるとほぼ同時に、またラストコーナーへのアプローチポイントがやってくる...
ピットのサインマンはオレK。不安そうな表情。掲示は13秒。やはりオープンクラスとの混走ではクリアラップは取りにくい。さっきから周回毎に違うコーナーで前行くマシンに行く手を遮られるガマンの展開が続いている。
前に黒い883マシンが迫ってくる。カガミ選手だ。練習走行でウチのルーキー兄・弟に色々教えてくれちゃってるらしい。なるほど開けっぷりは見事なもんだ。手首ではなく、肘でスロットル操作している感じである。暫く後について、抜けるポイントを探る。
「あぶないナ...」
かなり熱くなっている様子で、路面の状況を気にする素振りも無い。2ヘアの入り口でブレーキを遅らせ、イン側に飛込み、ブロックラインで立ち上がる。ストレートスピードは速そうだから、こっちが立ち上がり遅れる分、ついてくるだろうけど、最終の飛び込みで突き放せると見た。
また、1周損してしまった。濡れた路面とラインの違うライダー達を気にしながらのガマンの予選が続く...
8周のタイムアタックを終えて、ベストラップは6周目。1分12秒434。総合12位、クラス2位のグリッド位置である。クラストップは100分の1秒差で、なんとカガミ選手である。グリッドは隣。さっき結構簡単に抜いたのに俺の前?恐らくそれまでに結構良い条件で周回できたのだろう。あるいは引っ張っちゃったか??
まぁ、悪条件の中とりあえず3列目にマシンを並べられたのはまあ上出来か。1周目の1コーナーシングル通過を十分狙える位置だ。若旦那がBuell
XB9Rで予選5位を獲得。腰痛番長は8位。同じ列の最もアウト側である。
12秒台でクラス2位なんて、まず普通じゃ考えられないタイムだけど、皆よほど皆混走と低い温度条件に影響されてしまったのだろう。皆は隣のカガミ選手を押さえれば優勝!と意気込んでいたが、決勝がこのままドライだったら、後ろの方から岩切選手と貝原選手あたりが上がって来るに違いない。今日のメンツなら恐らく表彰台は自分を含めたこの3人で11秒台の争いになるだろう。
第2章 A Saturday in the Padock
実は、僕は予選が大キライ。もう、怖くて、怖くて仕方ないのである。883クラスの予選は、いつも早朝2組目だ。どんな季節にやったって路面温度は低い。朝で身体もカタい。転んだら目一杯痛そうである。下手したら死んじゃうかも知れない。ピットロードにマシンを並べる時なんて震えてるし、マシンに跨れば足攣っちゃったり...もうすぐにでもこの場から逃げ出したくて、「あぁ〜、なんで俺今日来ちゃったんだロ?家で寝てれば良かった...」言葉には出せないがいつもそう言う思いが頭を過る。
スタート
マーシャルの前に並んだ時なんか、もう心臓が口から飛び出しそうである。旗が振り上げられる!クラッチミート!全開でダッシュ!...実は「気合が入ってるフリ」。とにかく一発元気なフリでもして自分に喝を入れないと、オッカナくて走れないのである。
恐怖の予選は終わった。レース当日で最もホッとする時間である。マシンを一回りチェックし、ツナギを着替え、チームが用意してくれたアウトドア用のパイプチェアに身を預けてオモイッキリ伸びをする。マシンはもう触らない。今更騒いでみたところで始まらない。当てずっぽうでセッティング直したらタイムがジャーンプ
アーップ!なんて、そんなに甘い世界じゃない。今の自分には、データが無さ過ぎる。セッティングを詰めるべき時はとっくに過ぎているのだ...
決勝前の時間割を簡単にクルーに伝え、後は気が向くまま。リラックスした時間を過ごす。
皆は、若旦那を中心に、寄って集ってEiのマシンの修理に忙しい。ハンドル外して、エアで泥落して、「ステップも曲ってらぁ!くれ〜じさんスペア持ってなぁい?」
「俺を誰だと思ってるんだヨ、え!?
ダテに回数転んでる訳じゃねぇよ!
ホラ、そこの箱ん中見てみナ!」
若旦那は、ご存知Team一国のエースで、Buellを駆る。新型ファイアボルトXB9Rに乗り換えて、タイムが飛躍的に伸びた。乗れている。絶好調だ。今回引連れているのはMazyora氏とマシンガンミヤジマにカズッチS(エレックSの弟)である。とは言えMazyora氏は基本的には取材活動が忙しい。基本的にはマシンガンミヤジマが色々世話を焼いていた。
「ったくぅ、自分の仕度ソッチノケで人のマシン修理しちゃうんだから、このヒトはぁ...ブツブツ」
ハラハラし通しで気が休まる時が無い様子。
BSのジュンさんがやってくる。後輩Eiを土下座させて暫しお説教。
おっとクールス
フランクさん。知り合いじゃないと一見ちょっと怖いけど、ホントは非常に優しい人で、名台詞「君に1秒をあげよう...」と共に差し出されるMISUMIのアルミ削出しレバーは、H-Dレース界にはもはや無くてはならない存在である。
TEAM-PLAINテントは今日も大賑わいだ。
雑誌屋が取材と称して写真撮りにやって来る。「俺じゃなくて、そこのルーキー兄・弟を取材しなよ。こういう人達これから増やさなきゃなんないんだからサ。それから、そこの皆。ああやって皆で楽しそうにマシン直してる姿がサンデー
レースの醍醐味ダロ?マジメニ取材しろヨ!面白い記事載っけないと、ディーラーの広告全部止めるゾ
!!」
ルーキー兄・弟は、その名の通り今回が初レース。お揃いのカラーリングのマシンでいつも一緒に練習していて、メチャクチャ仲が良い。兄5▲才、弟4◆才。でも実は仲が良い兄弟だけに、秘めたライバル意識は相当のものと見た。大人だから周りには見せないけどね。今日までの練習タイムは、弟の方が速い様だ。でもここ一発の兄貴の意地ってのもある。自分も長男だから、なんとなく解る。結構良いバトルしてくれるんじゃないかな、と思っていた。
それにしても、この年齢でレース
デビュー、予選結果クラス4位(弟)、6位(兄)は立派である。兄弟バトルどころか、僕の順位だって脅かされかねない。あ゛〜(前にも言ったっけ?)最終コーナーの曲がり方、教えなければよかったぁ〜...
公式通知が掲示されたらしい。オレKとMazyora氏が「クラス2位、12番グリッド」を確認に行ってくれた。本人よりもず〜っと嬉しそうである。全く頭が下がる。せっかくの休日を返上して、ただただこんな僕を表彰台のてっぺんに乗せる事を夢見て、陽もまだ昇らない朝早くから走り回って働いてくれるのだ。
常にボクトツとした表情のウナKは、トランプシーズ関西チームをサポートしている夜のお店系情報誌のチェックに余念が無い。彼等のテントに行ってマシンやライダーを褒めると、スタイル
グンバツのキャンギャルお姉が無料でくれるらしい。「何やってんだか...」と苦笑しながらも、彼の存在の大きさに感心している。少ない時間との戦いで、ともすれば血走ってしまうピットの雰囲気を居るだけで、また時には最高のオレKイジリネタで、確実に和ませてくれる。
名古屋から駆け付けてくれた後輩NHK。元はお客で、Buell
X1の予約日本第一号(多分)。チームの後輩。オープンクラス初レースでいきなり11秒の予選タイムを叩き出し、皆を唖然とさせた経歴を持つ。今回は嫁さんと生まれたばかりの子供同伴で応援に来てくれた。
以上、3Kがくれ〜じチームのクルー達である。
ジェントルマンT。孤高のピットマンである。無駄口は一切発しない。常に穏やかな、落ち着き払った目で戦況を追っている。皆の中でも最も参戦経験が豊富な彼は、腰痛番長には欠かせないクルーだ。
そして、エレックS。自称腰痛番長のチーフ
クルー。番長のマシンは絶対他の奴には触らせない。
今回は、ツーリング仲間のToyゴルゴも奥さんと2人の子供まで連れて観に来てくれた。素晴らしく理解のある奥さんだな、と思ったら、実は中型免許ながらライダー経験は旦那より長いらしく「バイクの腕なら私の方が上なのヨ...」とナイショで教えてくれた。
当の腰痛番長は、ゴルゴジュニア達と記念撮影に余念が無い。「ファンサービス」と彼は言う。どんな時でも優しい男である...
タイヤウォーマーを捲かれたマシンは、静かに佇んでいる。コイツと何年戦ってきただろう?へこんだタンクはキズ隠しのステッカーに彩られ、ホイールも幾度にもわたるタイヤ交換の間に自分で付けたタイヤレバーのキズだらけである。フロントフェンダーは、実は塗装していない。下地塗装の黒のまま装着しているのだ。だから、ブレーキホースが擦れる部分だけ、地の鉄が銀色に光っている。
「愛情が足りねぇナ...」
暫し反省。このオフは少し外装の手入れでもしてやるか...
第3章 そして日の丸は振り下ろされた...
11時15分。スタート前チェック。ピット裏にマシンを並べる。ハーレー
クラスのスタ前チェックはいつも和やかだ。常連達も初レースの新人達も分け隔てなく談笑の和に加われる雰囲気がそこにはある。今回は特に混走だけに、専門誌の記者を始め、関係者や応援団が一度に皆集まってしまう訳で、非常に賑やかだった。
「がんばれよ」とか
「あれ?オマエまた出んの?懲りないねぇ...」とか
皆、数ヶ月ぶりの再会を懐かしみ、お互いの健闘を誓い合う。
前のアグスタ カップのチェッカーが振られる。コースマーシャルの誘導で、雰囲気そのままの流れで、皆笑顔でスターティング
グリッドに向かってマシンを押し進めて行く。そこには速い・遅いや、古参・新参の区別はない。雑誌にもこのシーンの写真が使われている事が多い。
グリッドでの選手紹介は、これまたギョウカイ有名人、FATオンダがお決まりの口調でマクシタテる。毎レース必ず実況を担当しているので、選手達をよく見て知っている。インタビューの突っ込みも、他のクラスの通り一偏の「どうですか、今日の調子は??」より面白い。「今日連れていたアノ女性は誰ですか?」とこう来る訳だ。5月のトランスエコーで「奥川選手優勝〜!」よりも「くれ〜じ選手シケインで転倒〜っ!」の声の方がよっぽど大きな声で迫力だった、という逸話もある。色々想い入れを持って盛り上げてくれる裏方さん達にはいつも頭が下がる思いである。
今日はオレKがマシンに触らせてくれない。一生懸命マシンを押して、12番グリッドへ向かっている。手持ち無沙汰に歩いていると、貝原選手がマシンを押しながら、ヘルメットを携えた彼女と歩いている。彼は予選クラス5位、17番グリッドだ。勾配のチョッとキツイピットロードの入口のところだ。そっと後ろに近づき、押してやる。彼女が気づいた。
「シィ〜ッ!」と手で合図して、ライバルがいつ気付くか、笑いながら後ろを押す。
「今日はマシンの調子でも悪いのかい?」
「?、お〜ッびっくりしたぁ〜。なにやってんスカ?」
「見りゃわかんだろ、押してんだよ」
「ありがとございぁっす。待ってて下さいよ、すぐ(背後に)行きますから!」
「冗談じゃねぇ!来なくていいよ。来るんじゃねぇゾ!」
選手紹介が続く中、「3分前」「ヘルメット
チェック」、「2分前」「 エンジン
スタート」(全部英語で書いてあんのね、念の為)、とレースクイーンがボードを掲げてスタートライン前に現れる。最後列まで名前を紹介しないと気が済まないFATオンダの声が、ひときわ高く、そして早口にまくしたて続けている...メインストレートをV-Twinの轟音が支配する。
と、突然のイエロー
フラッグ。自分の列の左端。腰痛番長だ。エンジンがかからないらしい。エレックSが一瞬パニクッた表情を浮かべアタフタするが、すぐにプッシュ
スタートを試みる。前列の若旦那の脇まで押して、どうやらエンジンは息を始めたようだ。若旦那の一瞬焦った素振りが面白かった。
エンジン始動が確認されると、クルーは全員コースから退場しなければならない。いよいよ孤独な戦いが始まる。
最前列脇でイエローフラッグが振り上げられ、ウォーミング
アップ ラップがスタートする。サイティング ラップとも呼ばれ、エンジンの暖気と、コース状況を視察する為に与えられる1周である。なるべくタイヤ温度を上げる為にライダー達は、右へ左へ、マシンをスラロームさせながら周回する。
最終コーナーをゆっくり立ち上がり、再度自分のグリッドに戻る。スタートラインに赤旗を掲げたマーシャルがたちはだかる。全員のグリッド
インを確認し、今ごろ背後では最後列の後ろをグリーンフラッグを振りながら別のマーシャルが横断した頃だ。
各車一斉にスロットルを煽り始める。モノ凄い轟音、の筈なんだけど、僕の場合はこの時が恐らくレース中で一番「静かな時」...
左足でギアが1速に入っていることを確認する。僕の場合はスロットルは煽らない。3500回転くらいにホールドし、瞬間的に半クラッチを当てたり切ったりしながらタイミングを取る。右足を地面についているのは、スター直後のシフトコントロールを意識してのことだ。
今まで何度もこのスタートに居合わせたが、不思議なくらい音の記憶が無い。視線にそれだけ集中していると言うことなのかも知れない...
赤旗を掲げた最前列のマーシャルがピットロードへ退く。ライダー、ピットクルー、マーシャル、観客、コントロールタワー、実況放送のアナウンサー...全員の視線がコントロールポストの日章旗に注がれる。恐らくFATオンダは絶好調に怒鳴り散らしている事だろう。でも、僕には何も聞こえない。静寂...視線は日章旗を凝視し、眼下にタコメータの針だけを意識している...そして、旗は振り下ろされた。
「グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜」突然、半クラッチのエンジン音の洪水に呑み込まれそうになる。
スロットル全開、素早く2速、3速とシフトアップする。同列の選手の中では一番速い。
第1コーナーが迫り、前を行くライダー達の背中がグングン目の前に迫ってくる。外へはらんでラインを確保したがるのが一般的だが、こっちにはパワーが無い。構わず一番イン側のラインを死守する。自分の右側には誰も突っ込ませない。1、2、3、4、5、6...7番手で1コーナーに進入できそうだ。
と、外から一際速いスピードでマシンが1台先行しようとする。ゼッケン16番、カガミ選手だ。「ポールは俺だゼ!邪魔すんじゃねぇ!」とでも言わんばかりの勢いだ。相当頭に血が昇っているに違いない。
「オイオイ、相変わらず無茶するな...」
思わず苦笑い。案の定、カガミ選手はマシンの勢いを止めきれず、外からかぶせようとするライダー達の前をアウトにはらみながら綺麗に横切って行く。周りが上位の上手なライダー達で良かった...
とりあえずスタートの混戦は抜け出た。第1ヘアピンの突っ込み競争が終わると、ほぼ縦1列のフォーメーションが出来上がる。予選5位スタートの若旦那の2つ後ろだ。いい位置につけてる...
ここからが我慢のレースの始まりだ。パワー差は如何ともし難い。1ヘアの立ち上り加速、シケインの出口、1台、また1台と、オープンマシンに抜かれて行く。第2ヘアピンの突っ込み競争の混乱を縫って、腰痛番長が抜いて行く。コーナリングスピードでは負けないが、立ち上り加速で置いて行かれる...「お〜い待ってくれぇ〜い」てなもんである。悔しいが仕方が無い。とにかく後はブロックにつぐブロックである。もう誰も前に行かせるもんか!!
ゼッケン62番の1200と暫くバトル。コーナーで刺す、直線で抜かれる、またコーナーで間を詰め、直線で離される。そうこうしている内にEiがやってきた。それでも暫く後ろで様子を覗っていたんだろうか、一気に前に出て、そして62番と小競り合いを始める...
「早く行っちゃってくれよ、Eiチャン。前で2台絡まれると余計こっちがやりにくいんだよ...」コーナー毎にやりあってくれちゃうもんだから始末に負えない。こっちのペースは一向に上がらない。ガマン、ガマン...とりあえず、クラス順位ではトップの筈だ。転ぶ訳には行かない。でも3台絡んでいたら、これ以上後ろの奴はなかなか前に出てこれないだろう...
確かに誰ももう後ろからは襲ってこない...ところが実は、背後に異変が起っていたのだ。僕が一番マークしていたゼッケン4番、岩切選手だ。予選は14番手。クラス3位スタートである。スターティング
グリッドでは僕の右後ろに居た筈だ。5月のレースでは2位に入っている。関西のライダーで、TIサーキットを本拠地にしている。24歳とまだ若く、最近メキメキ力をつけてきている選手だ。
彼が追い上げて来ていたのだ...
相変わらず前方では小競り合いが続いている。残り2周。不完全燃焼のこの展開にもそろそろ飽きてきた。
「早く終わんないカナ...」
と、第1ヘアピン進入で背後に殺気...どうせ誰かまたオープンの奴だろう...「???イワキリ...」完全に油断した隙を突かれた。そして彼は獲物に飢えていた。恐らく後ろから一人旅を続けて来たんだろう。一気に前の2台のオープンマシンに襲い掛かる。
「くぅ〜っ!俺にもあの元気が欲しいぜ!」
必死で食下がろうとしたが、もはや僕にはあの元気は残っていなかった。風も強くなり、最終コーナーでマシンが振られ始める。今日の流れは明らかに彼にあった。あと1周で彼の前に出ることはもはや不可能だった。悔しいけど仕方ない。諦めが肝心な時もある。せめてこれ以上変な奴に前に出られない様に細心の注意を払ってラストラップを終えるだけだ...
最終コーナーを立ち上がる。すぐ前で岩切選手のガッツポーズ...2.7秒差の敗北。日常生活の2.7秒はあっという間だ。レースでも傍から見ていれば、ひゅん、、、ひゅん、と前を通り過ぎる程度の差だ。でも走っている者にとって、前方の2.7秒の谷は広い。とても一っ跳びで追いつける距離ではない。
終わった。
883クラスの暫定表彰は行なわれなかった。チョットだけ残念だったけど、多分表彰台に上がってもあんまり嬉しくなかったろうから気にもしなかった。「2位」、別名準優勝。確かにこれまで体験したことの無い順位だ。嬉しくないと言ったら嘘になる。でも必死でもぎ取った6位よりも今回の2位の方がなんか印象が薄い。思えば始まる前からもうこの結果は見えていたのかも知れない。練習からレースのラストラップまで、今までの自分のベストタイムは一度も更新していないどころか、2秒、3秒落ちのタイムで走っている。面白くない。燃えない。不完全燃焼...
「やっぱりこれじゃイケナイな。」
暗くなったサーキットを後にし、一人トランスポーターを運転し、横浜を目指しながら、ず〜っとそんなことを考えてた。
「また次ぎだナ...」
何ヶ月も先の話しだが、実はきっともう次ぎは始まっているのだ。二度とこんな気分のレースはしたくない。負けても勝っても「あぁ、走って良かった。」そう思えるレースにしなきゃ、応援してくれる皆にも失礼ってもんだ...
よし、今日は呑んで食って皆忘れてやる。
ニュートンのヤロウ、塩ハラミ切らしたとかぬかしやがったら、ビールでシャンパンファイトしてやるからな。覚悟しとけ!
■おまけ画像
| HUGE1クラスでピットスタートする沼田選手 | |
| この後、怒涛の全員抜きを演じてコースレコードで優勝した。 | |
| 自転車で風俗雑誌を物色しているウナギ屋K | |
| 2VSクラスの藤竹選手 | |
| 表彰式では最前列で入賞者を祝う、Mazyora&マシンガン宮島 | |
| ニュートンでの打ち上げ。 | |
| ここで、さらにじゃんけん大会でくれ〜じの獲得した商品の争奪戦が繰り広げられた。 | |
| 車検場のホワイトダイナマイト号(別名・白い流星号)(裏名・弾痕号) | |