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JUNです!
ご無沙汰しております。
本人も驚きの、まさかの「もて耐」になりました。
RSカタクラから”XJR使いの怒りの高野”さんと、
今年のバトルACTで2位になった友野君と3人で、
「3耐狙いかな?」というスタンスで始まったもて耐プロジェクト。
とはいうものの絶対決勝に出てやる、出ればシングルは確実という
ピットワークには定評のRSカタクラ。
ウチの会社とシチズンさんがスポンサーとなり、
チーム名は「シチズン★BSMC&カタクラ」。
3人の合計年齢115歳というおじさんチームの顛末を是非お読み下さい!
神様はとんでもないいたずら好き、そんな感じのレースでした。
22日(木)公式練習
高野さんは仕事の為、自分と友野君2人で走行。
予選をイメージしながらタイムアタックの練習をするも、
62台の様々なレベルのマシン・ライダーの走行するコースは
クリアラップなどあるはずも無く、転倒・コースアウトも相次ぎ、
自分が6秒フラット、友野君が7秒前半と不安を残す。
23日(金)公式予選
路面温度も最高で30℃くらいと、過ごしやすいコンディションの中
4組の予選最初のA組第一ライダーが8時30分スタート。
MOTOBUMの2秒516がトップで14台が5秒を切る。
B組1秒338がトップ、13台が5秒を切る。
C組3耐優勝の新垣率いるヨシマツが0秒819でトップ。
RS−ITOHが0秒865、TSRが1秒136と続き、11台が5秒を切り、
遅いマシンの処理に手間取る自分は、5秒100が精一杯。
組12番手。
D組2秒267を先頭に9台が5秒を切る。
この時点で51番手。
このまま第二ライダーで自分のタイムを上回るのが4人までなら
ぎりぎりで通過する事になるが、はらはらしながら第二ライダーの
予選を見守る。
しかしA組で3人、B組で4人に抜かれ58番手。
C組で走る友野君が塗り替えてくれなければ万事休す。
練習で4秒6出ているが、レース経験が少なく抜くのが下手な為、
自己ベストに届かず、5秒000と完璧な5秒フラット。
結局総合61番手と、タイム計測による自動通過55番手に残れなかった。
一気に地獄の底へと突き落とされ、ピットに暗い雰囲気が漂う。
決勝66台の内、11台が主催者推薦枠。
その内、3台が7月の3耐の3位までのシード。
しかし、3耐優勝の新垣チームはポールで通過。
その他2台はライダーを変更しているので無効。
過去の大会で5・6台はタイムで選び、残りは外車やメディアチーム、
珍車が選ばれていた。
とにかく、嘆願書を提出しなくては推薦もされない為、文策。
カタクラは99年2位という事、高野さんはその時のライダーという事、
3人で115歳という、若いライダーをあえて入れずおじさん達でも
ここまでできるというスタンス、自分のBSとしてのレースサービスの活動、
そしてスポンサー「シチズン」がホームページで今大会をタイムリーに
報告する事、3人の平均タイムは決して危なくない事等々を記入し提出。
決定されるまで生きた心地がしなかった。
補欠ライダーまでの全走行が終了し、嘆願書提出の約25チームが
タワーに呼ばれ、ゼッケン順に二つの部屋に分けられた。
数えてみると、自分が呼ばれた方に11チームいる。
これは!と思っているとオフィシャルから「おめでとうございます!
明日の決勝を走ってください!」と一言。
全チームが歓喜の雄叫び!
結局自分たち、61番手までタイムで選ばれ、その他がメディア・外車他
であった。
かろうじて首の皮一枚でつながり決勝に参加する事ができる。
やれ嘆願書だとかいう奴もいたが、走れなくては意味が無い。
この運も実力の内と、とりあえず胸をなでおろす。
24日(土)2耐・3耐・2耐の決勝
エントリーしたチーム全部が耐久できるのが「もて耐」、
その為夕方までピットが開かず、整備とピットワークの練習は
遅くまで続く。
3耐のポールは62番手のチーム。自分達のすぐ後ろの連中。
予選でのタイム差は、たったのコンマ025!
この差が7耐と3耐に分けてしまう。恐ろしい。
この夜作戦を練る。
当初一人1時間10分2走行、全部で6走行で行こうとしたが、
燃費が持たず、7走行にするしかなくなった。
ガス補給は1分間かけなくてはならず、その間他の作業は禁止。
バイクにさわってもいけない。クイックチャージャーが無くても
ハンディーにならない様にする為だ。
その為、ガス補給は1回でも少ない方がいい。
24リッタータンクは必須となる。ノーマルタンクではいいとこ45分。
デカタンクなら1時間以上は走れるのだ。
結局、1リッターの保険を残し1時間5分走行を6本。
残りは、雨が降った場合・セフティーカーが介入した場合
6走行にできる可能性があるという事で、7本目は半端にする。
この事が運命を変えようとは・・・
25日(日)決勝
ウォームアップランでライダー交替、ガス補給・タイヤ交換の練習を兼ね
使用できるタイヤ3セットの皮むきを行う。
タイヤ交換はクイックリリースとなっており、フロントが約20秒、
リヤで30秒くらいとかなり速い。
決勝までの1時間ピットウォークとなり、観客で賑わう。
コースイン30分前くらいの時に右ハンドルにクラックを発見!
一時慌てたが、さすがカタクラ、何事も無かった様にスペアに交換。
61番手というはるか後方にマシンを並べスタートを待つ。
順番は友野・高野・自分だ。
午前11時シグナルがグリーンに変わりルマン式スタートにより
7時間の耐久レースが始まった。
1周目の3コーナーで早くも転倒。2番手RS−ITOHだ。
1周目で10台を抜き、51番手で戻ってくる。
そしてポールのヨシマツも転倒!ピットまで戻るが後方に脱落。
3コーナーで1台が転倒!なんと炎上している!
10周目〜14周目までペースカーが入り波乱の幕開け。
その他上位陣にハプニングが相次ぎ、1時間の時点で27位に浮上。
2番手高野さんが坦々と追い上げる中、90度コーナーでオイルが出て
5〜6台が転倒、またしてもペースカー。
2時間時点で、15位に!
そして、自分に交替。タイヤを前後交換するが、25秒で終了!
周りのピットから拍手が起きる。
満タン時に7秒台、軽くなるにしたがって6〜5秒台でラップ。
3時間時点で11位と50台抜きとなった。
その後4時間で7位、5時間で5位と驚きの上昇を続ける!
3人のライダーはただ自分のペースで走り、正確なピットワークが
ここまで押し上げている。
そして、5時間15分トップを快走していたTSRが140周目
突然のペースダウン。
モニターに写され、誰もが注目する中悲劇が起きた。
2コーナーを回り3コーナーへと向かう直線で、ペースを落とし走行
していたTSRのマシンにハニービーのマシンが全開で突っ込んだ!
2台はコース左右に吹き飛ばされ大破、ライダーも宙を舞った。
再びペースカーが4周入る。
この3回のペースカーにより、6走行が実現する。
6時間の時点で4位となった我々は高野さんの予定周回数を延ばし、
残り45分を自分が走る事にする。
3位を走るKENSOは高野さんのペースが速い事を知ると、
ベストが1秒台のエースに交替、逃げに入る。
5番手のハルクプロもライダーを替え、1秒台で追い上げる。
自分がコースインした時のハルクとの差は100秒。
3位も自分より速い為、4位をキープするしかない。
満タンでコースインし、減ったタイヤでペースが上がらず、
自分のラップは8秒台。かたや1秒とみるみる差が縮まる。
計算上6秒台で走行すれば逃げ切れると読んだピットから
6秒台にペースアップするサインが出た。
丁度知り合いに抜かれ、付いていくと6秒で走行できた。
ハルクも3〜4秒台とペースが落ち、17秒差で午後6時の
チェッカーを受けた!
なんと61番手から4位!57台抜きである。
決勝中のベストタイムは高野さんの4秒台。
新垣・沼田は58〜59秒、0〜3秒で走るライダーが大勢いる中、
淡々と平均5〜6秒でラップし続けたチームが4位でフィニッシュした。
まさに耐久スペシャリスト!
エルブモアノー&リカルドユービン組か、
パトリックイゴア&ジェラルドコードレイ組を思わせる!(知ってる?古い?)
速いライダーはプライドとプレッシャーでミスを犯し、勝ちに行くチームは
焦りから作業でミスを犯す。
10位以内だけを目標にしていた我がチームは、まさに耐久レースの
お手本的内容で4位まで上りつめた。
嘆願書で首をつないだチームが大快挙!
しかしまだまだ神のいたずらは終わらない。
車両保管で2位ドッグファイトレーシングの燃料タンク違反が発覚!
失格となったのだ!
これにより、自動的に3位へと上がった!
暫定表彰式は無いものの、なんという事!?
61位から3位ですよ!こんな事滅多にないですよホント。
とにもかくにも激動のウィークでした。
チェッカー時の歓喜するピット、その後のビールかけはまさに感動!
最高の夏休みを頂きました!
応援していただいた皆様、本当にありがとうございました!