TR1009

開催日:10/9・10・11
目的地:能登半島
参加者:デスペレ青木・GSXRタカハシ・FZRヤジマ・Banditフジイ
・Ninjyaマスター・ZXRオクサン・Mr.Majzora(マジョーラ)
 
 
まず最初に長年HARLEYの愛称で親しまれていた 私の愛称がMAJZORA(マジョーラ)に  

変更になりました。

この玉虫色の塗装により、これに触れ、

あるいはお賽銭を奉納することにより、

魔除けと家内安全そして縁結びの御利益があります。

 



初の二泊三日ツーリングとあって、一週間前からそのことだけが頭を支配する日々を過ごし、
いよいよ当日の朝を迎えた。
かねてからの目標であった、能登半島に向けてのロングランである。

朝8時ちょうどに中央高速の談合坂SAに到着すると、大勢のライダー達がこれから始まる
3連休に胸を躍らせていた。

しかし、当倶楽部のメンバーの姿が発見できない。
時間を間違えたかなと思い時計を見ると、やはり8時ジャスト、朝の高速道路の渋滞に、
巻き込まれて遅れているのだろうと思い、煙草を吹かしながら仲間の到着を待つこと10分。
タカハシ・ヤジマが到着し、マスター夫婦がそれに続き、その後フジイが到着した。
1時間ほど遅れて御大が到着すると、休憩の間も与えず、出発となった。
何しろ、行程が長いため、少しでも時間の節約に努めた。
中央高速を松本ICで下り、国道158号線を高山方面へ向ったが、三連休の初日とあって、
車が多く渋滞していた、路肩の無い田舎道の為、すり抜けもスムーズにはいかない。
次の休憩場所の道の駅「風穴の里」までは延々と渋滞は続いた、重体である。
(大江さんを偲んで)

この渋滞とも知らず、藤井はBANDITからタカハシのGSXに乗り換えていた。渋滞の時こそ、
力を発揮するBANDITから、何故大きな車体のGSXに敢えて乗り換えたのか?
未だになぞだが、これはフジイの特徴といして記憶にとどめておいていただきたい。
安房峠から国道471そして41号の越中東街道で富山を目指したが、MAJZORAのギアの
入りが悪く、クラッチを調整したら、おかしくなってしまった。

常に半クラ状態の為、アクセルを開けても回転だけが上昇して、加速していかない。
遠い昔、ZZR400というバイクに乗った時のことを思い出しながら、後続のメンバーに
先に行くよう無線で指示し、バイクを止めた。なぜか、フジイとマスターも付き合って
止まってくれた。クラッチを調整し、約10分遅れで、先行部隊を追うことになった。
マスターが先頭で弾丸スタートを決め、それにMAJZORAが続いた。やや遅れて、
BANDITが離されまいと追従する。

10分のハンディは大きく、なかなか追い付けない。そうしたら、信号でBANDITが
捕まったらしく、追ってこなくなったので、マスターを先行させ、BANDITを待つこと3分、
やっと来た。デスペラ社長に借りた、黄色のカッパが遠くからでも確認できた。
ふと、「ジャンバーは目立つ方が良い」などと思いながら追い上げにかかった。

すると、今度はマスターが道を間違えたが、ナビを積んでいる為、それほど気にせずに
前を追った。なかなか追い抜きポイントが無い為、抜けるところはトンネル内の直線だけで、
しかも短い為、爆発的な加速を必要とする状況だった。勿論MAJZORAは難無くこなせるが、
BANDITには多少無理があった。

その繰り返しで、MAJZORA−BANDIT−NINJYAは2kmほどの等間隔で走行し、追い付い
た時には富山県に入ってからだった。

北陸道の富山ICに付いた時には、時計は17:30なのに日が傾きかけており、日が短くなっ
ていることを実感した。

マスターの勧めで金沢東IC〜能登道路のコースにして、初日の宿のある、羽咋市に向けて
出発した、金沢で宿をとる予定のマスター夫婦と別れて、海岸を走る能登道路に差し掛かっ
たときには、すっかり日は落ち、左側に見えるはずの砂浜が真っ暗で風は冷たく寂しい走行に
なってしまった。あと二時間早く着いていれば抜群の夕焼けが拝めただろう。

宿の「湖畔ペンション」は羽咋川と国道249号の交差する場所にある、3階建てのしっとりとした
建物だった。
一泊二食付で\6,500にしてはまあまあだったが、やはり料理が寂く、風呂も小さくバスクリン入り
だったことを除けば、我慢できるだろう。(飯と風呂を除けば、宿として何も無いじゃないか!)
その日は、ミッションインポッシブルを見ながら自然と眠りに入った。

10月10日 二日目

今日は念願の能登半島を回る日である。朝6:30頃には起床し、7:00には朝食を食べが、
気合とは裏腹に朝食には、やせたシシャモ一匹+αの質素なものだった。
自分が予約した為、クレームは言えず、「今度はちゃんとした宿に泊まろう」と心に誓い、
「湖畔ペンション」を後にした。

FZRヤジマ推薦の最初のポイントである、「千里浜なぎさドライブウェイ」は砂浜を固めて車などが
走行できるようにした全長約5kmくらいで道だったが、とにかく感動した。

久々のヒットだった。今回とツーリングに参加して良かったとだれしもが思ったに違いない。
波打ち際を走る馬、地引き網に群がる人々、立ちションをする社長と何もかもが新鮮だった。

国道249号で能登金剛に向う道もなかなか良いワインディングコースで、時に感動したのは、
走行中の車がすべて、左によって我々に追い越ししやすいように譲ってくれることだった。
どこに行ってもそういう親切な人はいるものだが、ここでは全員がそうだった。
全員である。韓国語でいうと「オドロキッチョス」である。

輪島に着いた時には11:00を回っていた。本日は会社所有の湯沢のマンションまで辿り着か
なくてはならない長丁場だった為、能登半島完全制覇を諦め、穴水へショートカットすることにした。
この輪島から穴水に半島を横断する県道1号線は1車線で時々「ゆずり車線」なるものがあり、
ここが追い抜くポイントである。ここではるか前方でのろのろ運転しているバスを抜かすにはやはり、
強烈な追い越し加速が必要になる。トルクでいうと11.0kgf/mは必要だった。必然的にそれに叶う
マシンはMAJZORAだけだった。

バスを追い抜いた先にはガラガラのワインディングが待っていた。平均時速100kmくらいで走行
するワインディングはハーレー(徳にスポーツスター)の専売特許と言っても過言でないほど、気持
ちの良いものだった。

T字路の信号で後続を待っていると、案の定、のろのろバスの後ろに全員が繋がって来た。
思わず、MAJZORAのタンクを二、三度さすり、MAJZORAに感謝を示した。GIレールで武豊騎手が
勝利の時に鞍上で馬の首を叩くシーンがあるが、まさにそんな感じである。
穴水から能登道路で七尾に向い、昼食の場所を探し始めた。
和倉温泉から富山湾沿いの道に出ても、なかなか見つからず、前の車も遅かったので、一足先に
斥候隊として、下見をしに行くことにした。ところが、前の車を抜こうと思った瞬間、車もスピードを上げ、
追い抜かれまいと必死になっていた。しかし、MAJZORA HARLEYの前では無力に等しかった。その後も
必要以上にMAJZORA HARLEYを追いかけてくる、その無謀な車にけりを付ける為、チョットだけアクセル
をひねった。すると、回りの景色は一瞬にしてバックミラーに収まってしまった。その中には、おいしそう
な昼食を出しそうな民宿も多数含まれていた。当然のことながら、後方を走行中の本隊のヤジマ隊員よ
り「うまそうな店、たくさんあるじゃないですか。何処に目を付けて走っているんですか?」と厳しい指摘が
無線で飛んできた。

気を取り戻して、昼食の場所探しをしていると、いつのまにか、氷見市に入っていた。そこでやや傾きか
けた、古い木造の食堂を発見した。なんとなく不気味なその雰囲気に引かれ、バイクを停車させると、
その店から食事を終えて出てきたと思われる人に言われた
「この店に来たの?ここは人気のお店だからなかなか入れないよ」
これは良い店を見つけたと思い、多少待つつもりで店に入ると、どのくらい待つとか、そういうのではなく、
とにかく「ダメダメ」と言ってるだけだった。明石家サンマのように。

仕方なく、隣の鉄筋5階建のHOTELの「昼食受け賜ります」の看板を見つけ、そこに入ることにした。
この看板の「賜ります」が曲者だったことには気付く余裕はその時はなかった。
入口を入ると、着物を着た仲居さんが、にこやか我々を出迎えエレベータに案内してくれた。3階で下りると
正面の部屋に通された。このホテルの和風の客室だった。窓からは富山湾が全面に広がり、風も心地よく
暫し和やかな雰囲気に包まれた。

すると、仲居さんがお茶とおしぼりを持って登場し、信じられないことを言い出した。
「ご予算はお幾らぐらいですか?」
まさに、ガチョ〜ンである。
「幾らぐらいからあるのですか?」と聞いてみると、
「5000円くらいからです」と仲居が答えた。
ガチョ〜ン2である。
あるいは、もしここに米ちゃんこと、米澤君が居たら「ウッヒャー」と言ったに違いない。
これを聞き、橋の表情が険しくなり、ヤジマは下顎を左右にガクガクさせ、フジイは知らん顔、
そして社長は半分寝ていた。

MAJZORA「それは高い、我々質素なライダーには厳しい」
仲居「それでは幾らぐらいのご予算なのでしょうか?」
MAJZORA「2000円でお願いします。」
仲居「2000円ではちょっと、、。もう一声!」
MAJZORA「では3000円」
仲居「かしこまりました」
MAJZORA「税込みだよ」
仲居「えへへっ」

ということで、いざ食事が運ばれてくると、まるで夕食のお膳のように、お通し・お刺し身・焼き魚、
そして固形燃料を使ったミニ鍋などずらりと並んだ。

氷見市を出て高岡市に向うと海岸線から外れ、事実上能登半島の終わりになる。次は宿のある
湯沢まで行かなくてはいけない。
北陸自動車道の小杉ICから上越ICまでの130kmの高速走行では、前半は海を見ながら心地よく
走行できたが、途中から対面通行になると、走行速度が落ち、トンネルが多く、風が極端に冷たくなった。
路肩の気温表示は20℃になっているのに、体感温度は10℃くらいだった。
MDウォークマンで聞いているトリオロスパンチョスのラテン音楽とはあまりにもギャップを感じつつ、
ひたすら走りつづけた

普通なら130km/hで巡行するデスペラ青木も疲れがでたのか、100km/hにおちてきた。
得意とするトンネル内での空ぶかしも出なくなった。

上越ICを出た時には17:30だったが、やはり夕闇が迫って来ていた。都会ではあまり見られない、
カラス達の大軍が山へ帰っていく姿、すずめが椋鳥かはわからないが、とてつもない数の鳥が高圧線に
群がる様子などを心に留めながら、我々も早く湯沢に行って温泉に入りたいとだれしもが思った。

上越市から湯沢町までは、山越えの80kmコースである。しかも夜間走行ということもあり、かなり
緊張するコースである。オートバイのライトは比較的小さくカーブの先が照らされないため、スピードは
おとして走行しなければならない。

多少楽に走るためには、車の背後を走行するのが見通しが利いて良い。
先頭のMAJZORAは前方の車をピッタリマークし相変わらず、ラテン音楽を聴きながら、寒さに震えて
走行していた。

鳥目のデスペラードはかなり厳しいらしく、極端に速度をおとしての走行となった。
今だから言えるが、MAJZORAはここで大きなミスをしていた。本来は国道353から253に出て
塩沢石打に向わなければならないところ、そのまま353を走りつづけ六日町に向っていたのだ。
(メンゴ メンゴ)

その結果1.5倍の走行距離になってしまったことは誰も気付いていない。
それよりもそのコース間違いで十日町を通るはめになった為に、悲劇が訪れた。
「矢島転倒」である。
転倒と書くとコーナーを高速で走行中にクラッシュしたように勘違いするが、実は、立ちゴケである。
それにより、前方の水平に伸びたウインカーがカウリングにめり込んでしまい埋め込み式になったのある。
(ある意味ではオシャレ!?)

■ 立ちゴケ…バイクが停車している状態でバランスを崩し転倒してしまうことの意。

しかも、その時の状況は、隣に停車していたタカハシは巻きぞいを避けてバイクを移動させ彼を見放した。
前方に停車していたフジイは「フンッ!支えられないバイクには乗るな!」と囁いた。
また、転倒したバイクを起こせないヤジマをしぶしぶ手伝って「起こせもしないのか?」と更に追い討ちをか
けるように心で囁いたといわれる。

そんなこともありやっとこ国道17号に出ると、湯沢まではもうすぐだ。

時計も19:00を回り、デスペラが回転すし屋を見つけ、哀願するように指差した。
すし屋では、人気店らしく並んでいる人がいた。
10分ほど待って食したら、人気店らしく味・価格が抜群でした。

能登半島を回ってきたのに、湯沢ので1000円程度の回り寿司が一番良かったとは悲しい限りであった。
すし屋を出た時には20:00を回っていた。後は酒を買って、湯沢のマンションに行くのみとなった。

湯沢の温泉街の酒屋で大量に酒やつまみを買い込み、親分がレジで支払いをしていると、ふと、外に居る
フジイの表情が変わった。
中が空のディパックを背負っている彼の役目は明白だった。
否応も無しにディパック満タンに詰められた酒を背負いながらフジイはつぶやいた。

「立ちゴケした奴が持てばいいんだ!」
はっきり聞き取れた。

マンションにチェックインして、早速温泉に浸かり、暫しの安らぎを得た。我々はこの風呂に入る時には電気を
消し薄暗い中、入るのが好きだ。通称「暗闇風呂」とよばれる。
風呂から上がって、飲むビールは最高だった。そしてそのまま布団に横たわる時の感じが何ともいい!

MAJZORAはすぐ眠りに就いた。どのくらい経っただろうか、親分の声が聞こえてきた。
「はっきり言うけど、乗る人が乗ったらハーレーよりデスペラードの方がはやいゼ〜」
そこで、MAJZORAは寝ながら発言した「そんなことないですよ!」
乗る人が変わろうが、スーパーチャージャーを付けようが、デスペラードは遅いのである。

翌朝、7:00に出発して三国峠を目指した。車も無く、気持ちの良いコースだった。
ただ、BANDITのガソリンが残り少ない為、出発してすぐガソリンスタンドに行くつもりが、早朝で開いていない。
こわごわ走っている内に苗場の街にやっと空いているところを見つけ給油した。

そのまま、月夜野まで行き、関越自動車道の赤城高原SAで遅い朝食を食べた。モーニングカツカレーは
ボリューム満点で気持ちが悪くなった。

最後の集合場所である三好PAまでは、久しぶりにタカハシのGSXに跨った。
1100ccのとてつもない加速を味わっていると、メーターはすぐに200km/hに達した。後続を待つ為に
スピードをのんびりモードまでおとして走行していてもなかなか追い付いてこない。
気付くと、それでもスピードは150km/hを指していた。
このバイクで100km/hで走行することは、自転車に乗らずに押して歩くかの如く、苦痛である。
これまで、のんびりと皆のペースに合わせて走行していた、タカハシ・ヤジマには敬意を表したい。
時折現れるハイスピードのベンツなどは、子供扱いである。
途中花園ICで実家にいくというFZR(埋め込み)ヤジマが別れ、残りのメンバーは三芳SAで別れ、
初の二泊三日ツーリングに幕を下ろした。


フォトギャラリー

道の駅にて
(まだ、一日目)
トラブル発生!
メカニックマスター、
メカニック高橋さん出動!
(注)ロボではない
BANとFZRは雑談中!
MAJZORA
実はあたりは既に
薄暗かった・・・
MAJZORAと
Mr.MAJZORAの
ツーショット!
ん?
アンダーカウルが
無い!?
よ〜く見ると、
なにやら・・・
YOUのマスター
GPZ900R
マスターオクサン
ZXR1000(1100?)
BANDIT 一日目の宿
ペンション湖畔
(海沿いだけど)
二日目
出発準備中!
渚ドライブウェイにて
うひょ〜!
カッコイイス!
この道は 本当に
気持ちが
(ちなみに後ろを
競走馬が疾走中)
よかった
ッス!!! UFOの着陸痕を撮影中
問題の失敗写真、「うまく写さなければ!」と思ったら
緊張して非常に残念な結果に終わってしまいました(泣)