PLAIN秋の東北ツーリング 2003

開催日:2003/9/13・14・15

参加者:

M総監督(FLTR)
ジェントルマン豊田(FLTR)
腰痛番長(FXDL)
くれ〜じ(FXDX)
うるしば乱(FLSTC)
マダム(FXDL)
えれっく(FXSTC)
ゴルゴ(FXSTS)
オレンジK(XL1200S)
EMMY(XLH883)
うなK(BUELL S3T

一国系飛び入り参加
Tマル(FXR)
マシンガン宮島(FLSTS)

取材班
Mazyora(FXDX)

 

 

 

昨年はPLAIN・一国合同の秋のツーリングだったが、今年はスケジュールの関係で別々の日程となってしまった。
昨年、花巻温泉で泊まった宿「山水閣」がとても好評で、今年も必ず行きたいということになってたらしい。
昨年、私はそれには参加していなかったので、楽しみにしていた。
PLAIN
秋のツーリングは昨年から23日ということになっていて、しかも、ツーリングの詳細は12週間目に突然決まる。
そんな過酷な条件でも調整可能な人だけが参加できる特別なツーリングだ。
今回も10日ほど前に日程が正式に決まった。
企業戦士として、また家族思いのパパとしても名高い小生もスケジュール調整に難航した。
何度もあきらめかけたが、FXDX Dressyのお披露目の機会ということもあり、すべてのしがらみを捨てての強行参加となった。

 

13日の集合場所は700に東北道・川口ICでチェックインして佐野SAで本集合という珍しい形をとっていた。
興奮のあまり前夜には寝付けなかった為、ギリギリの600過ぎの出発となった。
羽田から首都高に乗る為に環8を走っていると、東の方が明るく輝いている。
さらに心は躍ってしまった

 

 

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連休ということもあり、首都高もそこそこ混んでいて、川口ICに到着したのは655くらいだった。
そこには、点呼を取るべく、書類を持ったM総監督やくれ〜じ、そして翌日から参加予定のジェントルマン豊田氏の姿があった。

 

 

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Mazyoraさんが最後です。これでみんな揃いましたので佐野SAに向かってください」
「げっ? 俺が最後?」
PLAIN
系のツーリングに対する気合の違いを感じた瞬間だった。

今回の参加者では腰痛番長が、翌日から参加ということと、Tマル氏が石川県からの参加ということで、東北道の安達太良SAでの合流となっていた。

佐野SAには全員が集合しており、盛り上がっていた。

 

 

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今回はオレンジKとEMMYの2台がスポーツスターチビタンク仕様で走行可能距離が100km強なので、細かく休憩しながらの行程となる。佐野ICの次は上河内SAという計画で進めた。

 

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M総監督は、スケジュールを丁寧にワープロで打ち込み、進行チェックをしていた。
そのワープロの文字が丸ゴシックで斜体が施されているところに一流ハーレービルダーのこだわりを見たような気がする。
上河内SAの次はTマル氏との合流場所である安達太良SAである。
Tマル氏には「9:30頃に安達太良SAで集合」と申し渡しておいたが、すでに9:00である。
この上河内からは100kmチョットあるので、到着は10:00ごろになる。
その旨を携帯電話に伝言するためにTマル氏に連絡してみると、彼は電話に出た。
すでに、安達太良SAに到着しているということだった。

急いで安達太良SAに向かった。
9:00に500km先の安達太良SAに到着するために、逆算してかなり早朝に出発してきたTマル氏は疲れきっていた。
Tマル氏の姿をみて、泣いて喜ぶマシンガン宮島の姿とマダムの赤いブーツが印象的だった。(次回に向けてマダムは皮ジャンもパンツも下着も赤くすると豪語していた)

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次は長者原SAである。
ここはすでに我が故郷の宮城県である。
宮城県と言えば牛タン。
ここでの昼食時にレストランに入って、「牛タンカレー」をオーダーしたが、大きく外した。
隣の席のゴルゴやマダムがオーダーした「あんかけの焼きそば」も大きく外した。
すべてが駄目らしい。
そういえばここに来るときに、高速道路で、ゴルゴがシールドを飛ばしてしまった。
高速走行での80km/hくらいで走れれば問題ないのかも知れないが、このグループの巡航速度は120km/hなので、それに付いて行くには地獄であろう。


■次回への教訓@
シールドは飛ばないヤツを買おう!

■次回への教訓A
長者原SAでは飯を食うのを止めよう。

唯一、面白かったのは味噌ソフトクリーム。
宮城といえば仙台味噌。えれっくは食通として試さがざるを得なかった。
でも、味はOKだった。

 

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一関に向かう高速道路での走行中に異変が起こった。
120km/hで巡航する我々を追い抜いていったBMWがいたのである。
その後姿を見て、「高速走行はBMWが楽なんだろうな〜」などと思っていると、前を走っていたTマル氏が果敢に追いかけていった。
「92年式のFXRでBMWに挑むなんて、、」
わが目を疑いつつ、後を追った。
FXDX Dressyの1550ccのエンジンとHSR42から搾り出されるパワーはすさまじいものがあった。
たちまち、車の群れにスピードダウンするBMWとFXRに追いついた。
逃げるBMW、追いかけるBigTwin。
瞬発力の差では圧倒的にBMWだが、そこをハーレーは根性でカバーした。
車の追い抜き処理に一瞬躊躇したBMWはFXRに追い抜かれた。
「その隙にオレも・・・・」と思ったが、車が消えて一気に直線勝負となった。
逃げるTマル・FXR、追いかけるBMW・R1150RT。
前方に車が近づくとブレーキをかけるBMW。そのまま突っ込むFXR。
ここで勝負があった。
BMWに乗っているライダーは私同様に良識ある紳士だったということだ。
ここで、燃費がガッチリと落ちた。これまで20km/lだったのが、このセクションは15km/lだった。

 

一関ICで東北道を下りた。
ここからは下道で気仙沼へ向かう。

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国道284(気仙沼街道)は道幅も広くなく、トラックが多かったために走行速度が大幅に下がった。
見通しも悪いので、大型車を抜くともままならない。

■次回への教訓B
国道284(気仙沼街道)はツーリングには向かない。

 

気仙沼に向かう途中で、先ほどシールドを飛ばして泣いていたゴルゴのためにバイク屋へ寄り、とりあえず間に合わせのシールドを購入した。
それは何と、つば付きのオバチャンシールドだった。
こんな田舎にはこんなもので精一杯だった。
ソフテイルスプリンガーには不釣合いのシールドにゴルゴは泣いていた。
でも、顔に虫が当たらないだけでも、この効果は大きいので、我慢してがぶりつづけた。

 

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気仙沼からは国道45号で本日の宿である大船渡を目指す。
気仙沼街道とは打って変わって、国道45は快適だった。
途中、陸前高田の道の駅「高田松原」で休憩した。
本日の宿までもう一息のところまでやってきた。

明日はメインの山水閣。これは花巻温泉で山中なので1泊目は海側に泊まりたいと参加者の希望を汲んで探した結果、今回の「大船渡プラザホテル」となった。
どうやらビジネスホテルっぽくて、内容は期待できないとM総監督は心配げだった。
「もし、今夜の宿が外れでも、明日は取り戻せるからネ」
と、その不安は言葉にも表れていた。

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大船渡市では最高級の「大船渡プラザホテル」に恐る恐る到着した。

.「????」
まず佇まいは悪くない。立派な建物だ。まだ新しい。
駐車場も屋内で露を凌げる。悪くない。
ロビーに入ると、ワンピースの女性スタッフが迎えてくれた。悪くない。

部屋に通された。ここはホテルなので二人づつのツインルームである。小生はTマル氏と一緒の部屋だった。


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大浴場という名の小さな風呂は温泉ではない。
ただの風呂である。
しかも男女兼用でタイムシェアしている。
女性の入浴時間は18:00までである。
現在17:00。慌ててEMMYとマダムは風呂に向かった。

18:15からは男性用となり、その小さな大浴場で疲れを癒した(!?)
中には、部屋のユニットバスで済ませた輩も居た。

我々はこの宿を見直したのは、宴会が始まってからだった。
まずは、会場。小ぶりな和室は総勢13名にはちょうど良い広さで綺麗だった。悪くない。

 

 

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料理は三陸のすべてが次々とお膳に運ばれてくる。
料理一覧を忘れたが、これは完璧である。

HPでのこの料理のキャッチフレーズは、

 

まんぼうと三陸魚介 アワビ、帆立、生うにの
グルメ黄金王国 コロンブスが目指した港 大船渡


過去に泊まったどの宿よりも料理はすばらしいと個人的には思った。
このとき、来年もここに来たいと思った。

今回の宴会では重要な決定がなされた。
今回不参加の大御所Kと、その穴を埋めて話題を提供してくれたオレンジKを「ダブル・タカシ」と呼び敬意を表することになったのだ。
主な新タカシのエピソードは、
1.ガソリンスタンドでは必ずタンクにガソリンをこぼされてしまう。
2.一般道での走行では必ず前の人から離れてしまい第二集団のリーダーとなる。
3.まれに車を追い抜くときは必ずカーブの手前で行うため、危険を感じる
4.信号からの発進だけは異様に速い。.

これらの光景は面白いため、オレKの後ろのポジションで走ると飽きない。
そのため、オレKの背後の位置取りが争いとなるほどだった。

 

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これらの膨大な量の料理を完食したのはうなKただ一人だった。
宴会修了後、地元のスナックにでも繰り出そうと思ったが、相方のTマル氏は死んだように寝てしまった。
Tマル氏の大好きなフィリピン系のお店もあったのだが、Tマル氏は寝てしまった。
本当に疲れていたのだろう。
主役無しでは取材が出来ないので、敢えて断念した。
来年こそは夜の町に出かけてみたい。

 

■次回への教訓C
来年こそは大船渡の夜の街に繰り出したい。

 

 

初日が終わった。
参加できなかった方々の雨乞い効果もなく、「曇りほんの時々晴れ」というツーリング日和だった。

本日の一般道での主な配列は、

先頭: M総監督
次方: えれっく・マダム(この2台はマフラーがうるさい)
・・・・
・・・・
中堅: オレK・EMMY
・・・・
・・・・
殿 : ジェントルマン豊田
ケツ持ち:くれ〜じ

こんな感じだった。
今回ポータブルナビをFLTRに取り付けて先頭を走るM総監督の姿が印象的だった。
やはりツーリングにはFLなのか?

(本日の走行距離539km。Tマル氏だけは800km)

 

■2日目■

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この日は晴れ。完璧な晴れである。
我々はまずは、碁石海岸へ向かった。

 

 

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ここでの「乱曝谷」という名の絶景ポイントは印象的だった。
特に、何とも言えない深い緑色した海の色は、かつて一世を風靡したMazyora号のタンクの色を髣髴とさせた。

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碁石海岸から国道45号を北上して近代製鉄業発祥の地・釜石に向かった。
M総監督の故郷で、かつて鉄鋼業の華やかし頃9万人を超えた人口も今では4万人程度となったが、小生がかつて訪れた10年ほど前よりは綺麗な街になったような気がした。
いづれ東北横断自動車道釜石秋田線が開通すれば、さらに便利になり街もさらに発展することだろう。

釜石市外を抜けてさらに北上し、「磯よし」で昼飯となった。太平洋を眼下に望む、四十八坂展望台にある同店では、春・夏はウニ、冬はカキと三陸でも特に水が綺麗な山田湾・船越湾でとれる新鮮な魚介類を使った磯料理が味わえる。
中でも、ウニ丼を食べた連中は満足げだった。

昼食後、釜石市街地まで戻り、国道283(釜石街道)で民話の里・遠野そして本日の御宿である大沢温泉・山水閣へ向かった。

途中、M総監督・生誕の地も訪れた。

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国道283(釜石街道)は快適な道だった。
車も80-90km/hで流れているので、車を追い抜かなくても気持ちよい速度域で走行できる。
「ツーリングはやっぱりハーレーだな!」
そう再認識させられる道でもあった。
そんな風に走りながら、一人で物思いにふけっていると、突然隣に真っ黒なバイクが現れた。

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曲芸師・くれ〜じである。
上の写真は、定番の「タンク乗り」だが、写真には収まらなかったが、他にも「ウルトラマン乗り」や新開発「寄席乗り」などを披露してくれた。
前の方では、M総監督を先頭に整然と走るハーレー軍団。
最後尾では、曲芸をしながら遊んでいる一部の輩。
ツーリングにはひとつの集団にもいろいろな楽しみ方がある。

民話の里・遠野で休憩したときに、芝生に一体の熊を見つけて驚いた。
っと思ったら、うなKだった。
昨夜のふわふわベッドとBUELLのライポジが腰にダメージを与えており、横たわっているのを熊と間違えたのである。

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遠野の次は花巻である。
花巻市街地は花巻祭りの影響で交通規制がひかれており、数度迂回させられた。

 

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この混雑を抜けて大沢温泉まであと10分というところで給油をした。
そのときに、夕日に照らされる美女達のセクシーショットを収めた。
彼女らも疲れていてハイになっていたのだろう!

 

 

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大沢温泉・山水閣に到着した。
昨年のように、正面玄関前にバイクを停めさせてくれた。
そしてそこには、早めに到着して我々を待っていた腰痛番長が居た。

 

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大沢温泉・山水閣はとにかく風情のある温泉旅館である。
詳しくはハイパーリンク先でゆっくりご覧いただきたい。

また、この辺りには大型の立派な旅館が立ち並んでおり、来年は違った旅館にチャレンジしてみるのもいいかな?と思わせた。

 

 

■次回への教訓D
こんどは山水閣以外の宿にもチャレンジしよう!

 

 

■三日目■

朝の天気予報では完璧なほどの晴れ。こんなに恵まれていてバチが当たらないだろうか?
心配なほど完璧な予報だった。

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10:00出発という比較的のんびりしたスケジュールで、出発の準備をした。
旅立つ我々の爆音に女将は腰を抜かしそうになりながら見送ってくれたくれた。

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国道4号線を南下しながら、適当な昼飯処を探していた。
テーマは「わんこそば」
しかし、「そば」なら岩手よりおいしい場所が全国にはたくさんある。
そこで、M総監督は思い切った地元出身の名誉にかけて勝負に出た。
「前沢牛のすし」っていうのはどう?

満場一致で前沢牛にぎりの「助八」に決まった。

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これは、GOODだった。

下の写真を見ただけでも、その味に 「間違いなどあろうはずもない」 ことは容易に理解できることだろう!

 

ここからはいよいよ帰り道である。
平泉前沢ICから東北道に乗り、菅生SAへ向かった。
約120kmの長丁場である。
これまで半そでで快適走行をしてきたが、高速道路では皮ジャンを着込み、菅生を目指した。
ここでも、オレKの後のポジションは人気があった。
オレKも快調に140km/hほどで、集団長として頭を張っていたが、特に面白いことが起きなかったので、飽きてきた見物客は次々と追い抜いていってしまった。
オレKの集団を引き連れた先頭走行は意外と短かった。

先頭集団はTマル氏が引っ張っていた。
それに応えたのは、えれっくとゴルゴである。
えれっくはFXSTC、ゴルゴはFXSTSで、先頭のTマル氏はFXRである。
それもFXDX Dressy 96cubic inchの相手では無いと思っていたが、奴らはアクセルを戻さない。
150-160km/hくらいで延々と走る。こうなると体力と根性の世界になる。
瞬間的にそのパワーに物を言わせて引き離すが、チョット休んでいるとすぐに追いつき追い抜かれてしまう。
しまいには、FLSTSヘリテイジスプリンガーのマシンガン宮島まで追いついてくる始末である。
さらには、120km/hでさりげなく巡航してきたFLSTCうるしば乱も菅生SAに到着したのは5分遅れくらいだ。必死に走っても、さりげなく走っても100kmほどの行程では5分ほどしか違わないのである。

ここで、改めて感じた。
「ハーレーにパワーはいらない」
「パワーが必要なのはBUELLなり」

FXDXをボアアップするんじゃなく、XB9Sをボアアップすべきだったことに気づいたのがこのときだった。

さらに、このセクションを元気に頑張ったえれっくのFXSTCにはお土産が待っていた。
フロントウィンカーが折れて、リアウィンカーが上を向いていた。(あごが上がっていた)
乗り手は元気でも、バイクには厳しかったようだ。

 

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菅生SAの次の休憩地は安達太良SA。
ここでTマル氏とはお別れになる。
彼はこの先の郡山JCTから磐越道を通って、石川県へ約500km走って帰るのである。
距離はあるが、渋滞含みの我々本体よりは気が楽なはずである。

 

 

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安達太良SAの次は上河内SA。
細々と渋滞しており、すり抜けも多くなったことから、このあたりで疲労の色が出てきた。

最後の蓮田SAに到着したときは19:00を回っていた。


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■次回への教訓E
三連休の最終日は道が混むので来援は少しずらそう!

 

蓮田SAで解散となったが、蓮田でゆっくり晩飯を食って帰る組と、早く帰ってビールを飲みたい組に分かれた。
小生は蓮田で夕食組だった。
蓮田SAからの帰り道では久々にダイナース倶楽部の1号(腰痛番長)・2号(くれ〜じ)・3号(Mazyora)が揃い、ハイペースで首都高環状線まで走行できた。
暗い首都高を狂ったように縫って走るダイナース1号を追いかけるのに苦労したが、気持ちよく家に着くことができた。

あっという間の三日間。楽しい三日間であった。

ご参加の皆様、大変お疲れ様でした。来年も必ず一緒に走りましょう!

 

 

 

 

 

 

 

写真集 その1

写真集 その2(くれ〜じ編)