2003/05/13 BS走行会
先週の雨の走行会では、元国際A級の沼田選手や生見選手に指導を得て、気分が盛り上がっていた。
雨ということで、スローペースで、自己ベストには遠く及ばなかったが、得たものはあった。
そして、5日後の走行会。
身体は「筑波サーキット状態」のまま、臨むことができる最高のコンディションだった。
心配されていた天気も問題なく、朝のお努め(爆弾投下)後の体重は78kg、一応ツナギが着れて身動きできるぎりぎりのウエイトだ。
すべての条件は揃った。
6月のTIに向けての最終調整となる。
我々のクラスの1本目は8:00スタートである。
同じクラスにはTEAM-PLAINのご存知KOJIMA FAMILY、TEAMメイトながら最大のライバルになりつつあるのハセガワ氏などなど、顔見知りのライダーが多かった。
今回はライセンスを持っている人、すなわちレーサーだけの走行会ということで、下っ端の自分は多少緊張していた。
会場の雰囲気も、通常の走行会とは違い、和気藹々と雰囲気は無い。
みんなが真剣に練習に来ているという感じだ。
その緊張のせいか、私の顔も険しくなり、M総監督からは
「お〜っ レーサーらしい顔になってきたね〜」
というお言葉もいただいた。
昨夜12時までかかって組み上げたXB9R+OHLINSが美しかったが、第一ライダーのT氏が○○○○患いで急遽不参加となってしまった為、ライダー無き、Special XB9Rとなってしまったのが残念だった。
そんなことをしていると、すぐに自分の順番になった。
いつものような先導は居ない。
PITからはそのままコースイン、フリー走行が始まった。
前回の雨の走行会の時は、第一コーナーと最終コーナーの突っ込みを意識した。
150m看板まではアクセルを全開にすることに専念して走った。
今回も同様に、ドライの状態ではどうか?
ということを試す為に、同様に150m看板を目標に走行した。
前回はウエットで怖かったが、今回は怖さが無い。
しかも、バックストレッチ後半で前に自分よりも若干遅いバイクが居た場合、今までならその人に合わせて走るしか出来ず、とても抜くなんてことは出来なかったが、今回は、誰が居ようが150m看板を基準にマイペースで走ると、楽に抜くことが出来た。
前回までなら、このようなケースの場合は、「うぉ〜 ! 」と声を上げながら最終コーナーに進入していくのだが、今回はさりげなくそれが出来たのは大きな成果と言えよう。
それを習得したので、今度は「ブレーキを引きずりながらのコーナーリング」というテーマに変更した。
これができれば、多少の進入速度が上がる。
しかし、それを試したところ、フロントフォークがふにゃふにゃとなり、やわらかすぎることに気付いた。「これが、そうか」
速いレーサー達のいう「フロントが、、、」という辺りが理解できた。
このセッティングではどうしようもないので、2本目は硬くしてやってみよう。
などと思っていると、小島(兄)氏が抜いて行った。
彼は12秒くらいでは走れる人なので、後を付いていってみた。
いつもなら、すぐに見えなくなるのに今回は1周くらいは見えるところに居た。
「今日もちょっぴり成長したな〜」などと思いながら走っていると、
P-LAPが作動していないことに気付いた。
今日は乗れているのに、タイムがわからないのは残念だった。
※後で、計測していた梅ちゃんに聞いたら、17秒フラットくらいですね。
倶楽部17秒 発足! やっとモッツーを捕らえた。
1本目が終わりに近づいた頃、悲劇は起こった。
第一コーナーの進入で速いライダーが2台に抜かれた。
「今度はこれに付いていってみようS字でパスして、第一ヘヤピンへと向かう。
その後を追う私は、その遅いバイクに追いついたのが第一ヘヤピンの手前だった。
その遅いバイクはコースのセンターを走っている。
「この先でそのバイクはインに切り込んでくる可能性がある」
そこで、私はそのバイクのアウトのラインを選んでしまった。
そしてヘヤピンも進入直前に並びかけた時、そのバイクはアウトに膨らんできた。
もはや自分のラインは無かった。
そのバイクに接触して外にはじき出されグラベルへ突入した。
「慌ててハンドルを切ると大怪我をするよ。意外と停まるから真っ直ぐ進みな」
という誰かの声が聞こえてきた。
が、ヘヤピン進入付近のグラベルは意外と短い。
すぐにクッションに激突して停まった。
「ふ〜 危なかったゼ」
と思った瞬間、違うバイクが私の左側に突っ込んできた。
「ガツン」
「うっ 足がやられた」
「大事無いか? 指は動く。でも立てない」
もがいていると救急車が来た。
自力で乗り込み、救護室で見てもらう。
「1時間ほどして腫れてくれば、また来てください」
と言われ、びっこを引いてPITに引き上げたが、時間を増すごとに痛みが襲ってきた。
じっとしているとなんでもないが、動こうとすると激痛が走った。
仕方ないので、チェアーに腰掛けたままじっとしていた。
足を上に上げておいた方が楽なので、足を組んだままじっとしていた。
傍から見ると、えらそうにくつろいでいるレーサー(?)に見えたかもしれないが、動けなかったのである。
他のライダー達は、好天に恵まれ生き生きと走っている。(音しか聞こえないが、、。)
12時ごろ、走行会が終わり、大事を取って、長谷川氏に運転してもらうことにした。
動かさなければ痛みが無いので、のんびりと助手席に座っていた。
昼時で腹が減ったので守谷SAで軽く飯でも食おうと言うことになり、守谷で車を降りるときには、完全に左足は使えない状態になっていた。
つまりケンケンしか出来ない状態だった。
片足をサンダルでケンケンではとても不都合だが、それよりも空腹を満たすほうが優先された。
横浜の自宅の近くにある病院まで連れてきてもらい、早速車椅子に乗った。
梅ちゃんは「デジカメ無いの?」と茶化していたが、忘れた自分は後悔していた。
ここで、受付や診察などで長引きそうなので、連れてきてくれた梅ちゃんとハセガワ氏には丁重にお礼を述べ引き上げてもらった。
整形外科で診察を受けた。
現れた不細工な女医は、
「痛むのは何処ですか?」
と言って、患部の所々を押した。
ほとんどが痛かったので、
「そこも痛いです」
と言うと
「少しは我慢してくださいね! 全部が痛いんじゃ解りませんから、、。」
と、強い口調で言ってきた。
「痛いものは痛いんじゃ〜」
と心で叫びながら、「はい」と素直に答え、初めて乗る車椅子に感動しながら、レントゲン室に運ばれて行った。
結果は、
「骨には異常がなりませんので、構造上は歩けるんですよ!」
「でも痛いでしょうから、1週間くらいは歩かないようにしてください。」
「松葉杖を貸してもらえますか?」
「必要ですか? であれば貸しますけど。」
「この野郎 生意気な女だぜ」
と、こころで叫びながら「はい」と答えた。
ただの打撲で、すぐに歩けるようにはなるのでとりあえずこんな程度でよかった。