2003/04/19  那須サーキット

写真集

OLDBOYことシミズさんが掲示板この那須サーキットの走行会への誘いの書き込みがあったのが3月19日だった。
即座に反応したのがアポロン様だった。
「速い速い」と言われながら、筑波サーキットでの納得できないタイムに意気消沈していたアポロン様はとにかく数多くサーキットは走りたかった。
そのためにBUELL S1も買ったし、(ダサいと言われてるが)ナンカイのツナギも買った。
行くと決めてからは、Webで那須サーキットのコース図を見ながら寝るという日々が続いていた。
梅ちゃんからCARABANを借りて、S1とXB9Sの2台を積んでのんびり行こう計画も決まり、前日の午後に積み込みをしていた。
那須で7:00に受付開始なので、横浜を4:00には出ないと間に合わない。
最高速度100km/hのCARAVANではそれでもギリギリかな?という感じだった。
そこで、ひとつのひらめきがあった。
M 「あす早朝にヘコヘコ行くなら、これから出発しようよ」
A 「宿は?」
M 「行けば何とかなるよ」
A 「・・・」
このひらめきは強引に決定された。
行きの車の中でツーリングガイドなどを見ながら、サーキットに近いそして素泊まりできる宿を探したら、サーキットまで約30分圏内である宿を発見した。
黒羽にある「割烹旅館 松下屋」である。
資料によれば、素泊まり¥3,500となっていたので、早速そこに予約の電話をして向かった。
金曜の夜ということもあって、東京を抜けるのに結構時間がかかり、川口ICから120km先の上河内SAで夕食を食べたのは21時を回っていた。
ツナギがきつめの2人は、意識的に粗食になっていたことは言うまでもない。
那須塩原ICで下りて、コンビニで買出しをし、宿に到着したのは22:30になっていた。
田舎のひっそりとした佇まいのこの宿には温泉は無かった。
しかし、その代わり(?)に、バスクリンの風呂が用意されていた。
我々以外に客も居なかった。独占状態である。この付近は車も通らないので、完全に静寂が支配するスリリングな空間であった。
広い和室に布団、浴衣、アメニティ、お茶にお茶菓子、と素泊まりとは言え、¥3,500(税込み)は安い。今度那須サーキットに来るときも是非利用したいと思う、穴場の宿だった。
明日の走行に備え早めに寝る体制を整えるMazyoraと、布団に入ってまでツーリングマップルを愛読しているアポロン様は、この後明暗を分けた。
この二人は「イビキ+無呼吸」で有名である。
先に寝なければ死を招くと言われるほど強烈なサウンドはマシンガン宮島氏をも唸らせる。
ツーリングマップルで興奮しているアポロン様を出し抜き、すでに夢を見ていたMazyoraに軍配が上がった。


翌朝、6:00の目覚ましで起こされたアポロン様は当然のように後悔していた。
一方、Mazyoraはさわやかな目覚めである。
「よ〜し! 今日は走るゾ〜!」
と雄叫びをあげて、出発の準備をした。
朝のさわやかな空気を浴びて、約30分で那須サーキットに到着した。
今回声を掛けてくれたシミズさんもすでに到着してPITを陣取っていた。
その隣が空いていたので、運良く我々もPITに入ることが出来た。
すぐに長谷川君とキヨちゃんも到着した。
しかし、M2のアクセルが戻らないというトラブルで表情が暗かった。
早速、BUELL XB9Sの充実した付属工具を駆使して、エアクリナーを外したり、スイッチボックスを外しワイヤーを確かめたり、すったもんだしたが、結局は振動でアクセルの遊び調整ねじが緩み、張ってしまったためということがわかった。手を真っ黒にしてエアクリーナーなどは外す必要は無かったのだ。
工具も足りなかったので、お隣のシミズさんに借りながら事なきを得たが、このとき改めて思った。走行会と言えども最低限の工具や知識を持つのはマナーであると。
この日は30分×4本 & DUCATI 999試乗走行3周という過酷な走行会である。
「CHECKER MOTORS&OSADA」と銘打ったこの走行会は9割がDUCATI、一部BUELL、国産は数台だけだった。
XB系は我々だけだった。

そして1本目。
コースを確認しながら1分10秒くらいのペースの先導者についてコースを勉強していると、すぐに先導者は外れ、フリーとなった。
しかし、この細かいコーナーが連続するサーキットではもう少し時間をかけてコースを知る必要があったのでペースはそのままで数周走った。
すぐにアポロン様がS1で抜き去っていった。しばらくするとキヨちゃんも抜いていった。
「みんな元気だな〜」
「オレが歳なのかな〜」
すぐにバリバリ走れない、スロースターターの自分を振り返った。
半分の時間が消費してから徐々にペースを上げていったが、1本目はそれで終わった。
TIME的には57秒台。

2本目
今度はコースがわかっているので、前半から積極的にアクセルを開けた。
でも、第一コーナーやバックストレートからツバメ返しへ進入するブレーキングがイマイチで、スピードが死んでしまう。
これでは、まだまだだな?と思いながら走っていると第二コーナーのツバメ返し手前で転倒車が2台。黄旗が振られていた。すると1台はきよちゃんではないか。
何らかのからみがあった模様だ。キヨちゃんは一応立ち上がっているが、オフィシャルに支えられ腰に手をやりヨロヨロと歩き非難する姿が見えたので、そんなに重大な怪我ではなさそうだ。
黄旗はすぐに赤旗に変わり、PITに戻された。
PIT周辺からは見えない場所なので、救急車で運ばれてくるのを待つしかなかった。
この組では走っていない長谷川君は焦っていた。
アポロン様の表情も険しかった。
隣のシミズさんやKUROKIさんなども心配してくれた。
しばらくすると、救急車が戻ってきた。
救護室での状況を聞くと、背中のあばら骨(?)辺りの怪我らいい。とりあえず近くの病院へ行くことになった。
転倒により右側から何もなくなった無残なM2はKUROKIさんが押してPITまで運んでくれた。
(ありがとうございました)
あとは病院から本部を通じて連絡が入るのを待つしかないのである。
壊れたM2はCARAVANで運ぶしかないので、長谷川君のXB9Rと2台積んで彼に運転してもらい私とアポロン様は自走で帰ることになりそうだ。しかし、我々はトランポで来ていたので何とか対処できたが、みんなで自走だったらどうなったんだろう?
以前のマロン平原のように「本人電車&バイク輸送屋」というパターンだったかもしれない。
とりあえず落ち着き、タイムを確認してみた。
若干速まって自分は56秒。長谷川君は55秒、シミズさんは52秒台に突入していた。
アポロン様は計測器をレンタルしていないので、この時点でのタイムはわからなかった。

我々の低レベルな争いとは別に、一方ではハイレベルな争うがあった。
この計測器を付けた人のBest3が表彰されるということで、これを狙っているけた違いのライダーが数名いた。
49秒くらいの争いである。
シミズさんの友人のクロキさんは元国際Aの実力者である。
しがらみ上SUZUKI TLRの新車でこの日の優勝を狙っていた。
対抗はもちろんDUCATI。
レースではないので、我々のような遅い人も多い。
それをかいくぐってBESTLAPをたたき出さなくてはならないという上級者の苦労もあった。
合計4本走ったBESTTIMEで競うので、最後の最後まで油断できないのである。

3本目
コースは完全に把握できたので、あとはブレーキングだけである。
まずは、54秒台を狙って、果敢に攻めてみた。
「乗れてる。( ^ 0 ^ )/~~~~」
BerrySheenの魂が乗り移ったように軽快に各コーナーをクリアーして行く。
タイムはともかく、気持ちよかった。
チョット遅めのライダーを抜くときにも余裕がうまれた。
そして終盤には、半周ほど先に居たはずのアポロン様の姿が、、、。
「良し! 一丁ぶっちぎるか」
と思い追撃を開始したら、チェッカーとなった。
タイムを見てみると54秒554
やはり乗れていた。Barryが乗り移っていたことも証明された。
しかし、長谷川君は54秒4**でさらに上をいっていた。
「どうせオレは万年2位さ! ふんっ!」
と、いじけた振りをしながらも満足だった。

そういえば、アポロン様にまだXB9Sを貸していなかった。
6月の耐久に一緒に出るのに、一度も本格的にXB9Sに乗っていないので、4本目はアポロン様に貸すことにした。3本目で燃え尽きた自分はS1で走っても面白くなさそうなので、見学することにした。
アポロン様はサーキットで初めてXB9Sに乗る。
しかも、計測器が積んであるので、この記録は公式記録として記録されるとの趣旨を告げ、プレシャーを掛けておいた。
もし、転倒で傷がついたら、そこはすべてバフ掛けになるとも付け加えておいた。

4本目
恐る恐るコースインしたアポロン様は最初の数周こそ様子を見た走りだったが、徐々にペースが上がっていった。
モニターに表示されるタイムを見ていると、55秒フラットまできている。
「うぉ〜 やるじゃないか」
そして次にコントロールタワーを通過したときには53秒730.
「オーナーの面子丸つぶれじゃね〜か」
「自分のS1の時よりも開けっぷりがいいんじゃないの?」
「さっきオレについたのはバリー・シーンじゃなくて、チャーリー・シーン?」
などと、ネタを考えながら戻って来たアポロン様を祝福した。

一方上級者クラスでは、クロキ氏が47秒台で走り終え、暫定TOP。
今走っている対抗が記録を抜かなければ優勝である。
毎周モニターから目が離せない。
BESTが48秒台まで近づいているので、なおさらである。
もうすぐ時間だ。まだチェッカーが振られないのか?
これは、公式戦の予選のような感じである。
そして、タイムアップ。
KUROKI氏は見事に優勝を決めた。
いつのまにか病院から戻ってきていたきよちゃんに、「傷を負った君に捧げる優勝です。」とは言わなかったが、とにかく良かった。おめでとうございました。

表彰式も無事終わり、抽選回では1000円のQUOカードがもらえた。

そして、自走組みのアポロン様と私は一気にサーキットから東北道蓮田SAまで走りまくった。
時間は18:00.
好転に恵まれ、気持ちが良い。
考えてみると、高速道路を長時間、このXB9Sで走ったことが無かったが、「結構 具合いいじゃん」と言う感じだった。
小休止後、一国へ向かって渋滞の首都高をすり抜けながら走り、19:30に無事到着した。
一国系一番時計のアポロン様を祝福しようと、梅ちゃんほか、メカイシ氏、マシンガン宮島氏が待っていた。
バーミヤンで夕食をとり、家に着いたのは22時過ぎ、帰ってきた亭主の顔を見るなり妻は
「何でそんなにやつれてるの?目が死んでるヨ!」
と、強い口調で言ってきた。
記憶はそこまでである。