富士山アタック

2002/11/2 SAT

 写真集

一国峠石田会長の突然の呼びかけで、久々の富士山アタックは実現した。

本来であれば、石川県からタマル氏が登場する予定だったが、仕事の都合で不参加となり、いつものメンバー(CRM石田・アポロン青山・CRMマッツー・レイドMazyora)と、一国峠への参加を長年夢見ていたマロン平原の初参加が実現した。

以前彼は、一国峠への憧れから BAJA250を購入するも握りゴケで骨折し、一国峠からは除名処分となっていた。

まだ一度も一緒に林道を走ることなく、除名となり泣く泣くBAJAを手放したという経緯がある。

その彼が、復活したのは2002/9/15-16の福島ツーリングで愛車のVFR800で、何と栗林へ突っ込むという派手なパフォーマンスで復活をアピールした。

このアピールが一国峠幹部の感動を呼び、見事に復活を果たしたのである。

しかも、今回は足付き性抜群のXL250(ディグリー)を購入しての参加となった。

これで、現在の一国峠のメンバーは

 

会長:パンク石田(CRM250

切り込み隊長:アポロン青山(XR250

崖隊長:マッツー松永(CRM250

崖副隊長:マロン平原(XL250

石川支部長:横っ飛びタマル(DR250

石川支部:シッカリ木本(SERROW

徳島支部長:ガムテープ長南(RM250

ヤマハワークス:MazyoraTT250R RAID

仮会員:スタック山崎(CRM250

 

となっている。

これで2002年も盛り上がっていこうと思ってる。

 

ってな訳で、今回はHONDA 4台とYAMAHA 1台の5台での富士山アタックとなった。

AM8:00に海老名SAへ到着すると、そこにはすでにマッツーが待っていた。

そこに、マロン・石田・アポロンが到着し、無事5名が揃った。

次の集合地点を御殿場ICとし、出発した一行は、秦野中井付近から左右に分かれるコースをそれぞれ選択し、足柄付近の合流までの速さを競うのが常である。

先頭の石田会長は右コースを選んだので、私は迷わず左コースを選び、レギュレーション違反の噂のある270ccをフルに活用し、足柄を目指した。

しかし、左コースは結構車が多くアクセル全開のままでは走行できない。

そのため、アポロン様にも先を越され、足柄の合流地点には3位で到着した。

ボアアップしたエンジンの恩恵を受けることは出来なかった。

ここからはいつものように籠坂峠を経由し山中湖側からいつもの林道に入るものと思っていたら、石田会長は新たな情報を仕入れてきており、表側の太郎坊付近から頂上まで上れる火山灰のルートがあると言い出した。

7号目までは雪なので、せめてそこまで行けるかも知れないという淡い希望を持ちつつ、一行は出発した。

富士山スカイラインを通り、太郎坊から御殿場口登山口へ向かい,真っ黒な火山灰のやわらかいコースを登り始めた。

傾斜がきつく、路面がふわふわの為、停車することは許されない。

停車すれば、素直には発進できない状況下で上を目指して上り始めた。

しばらく上り、後方に目をやると、アポロン様やマッツーは居るのだが、石田会長とマロンが居ない。

おそらく、マロンのスタックに関連する諸事情であろうということは容易に想像できたが、我々も停まることが出来ない。

高度が上がるにしたがって、マッツー・アポロンのエンジンのフケが悪くなってきた。

空気が薄くなった為の症状だが、その辺で一度休憩した。

石田会長はまだ来ない。

この先は、路面的にも、エンジン的にも厳しいと判断し、戻ることにした。

上ってきた道を引き返すと、思いのほか急傾斜であることに驚かされた。

エンジンブレーキをかけると、タイヤがロックしてしまうのだが、それでも速度は落ちることなく滑っていくのである。

フロントブレーキをポンピングしながら、徐々にスピードを落とし下らなければならない。

登山口付近まで下りたところで、まだそこで苦労しているマロンと合流した。

このまま道を引き返すのは芸が無いということで、我々はこの御殿場口登山道の北側にある須走口の登山道を目指して、等高線に沿って横に進んだ。

この当たり一面の火山灰の荒野では、360度どちらへ向かって走っても良い。

まるで、モンゴルの大草原のようなところだった。

適当に、良さそうさ道無き道を選んで、北へ向かい何とか林に到着した。

この林にある獣道へ侵入し、とにかく北へ北へ向かったが、途中では行き止まりになんども逢いながらも北を目指した。

そのあたりは、おそらく演習場の中に位置しているような雰囲気だったが、樹海に迷い込んだ我々はひたすら須走口を目指した。

途中で遭遇した急斜面では立ち止まり、脇のほうの緩やかな斜面を選んで下りた。

そこへ現れた関東・関西連合OFF軍団(約15台)は現れるや否やその急斜面を躊躇も無く登っていく。

5人に一人くらいは失敗して、転倒やバイクを放り出すものもいたが、一様に果敢に挑んでいた。

それを目の当たりにした我々は、まだまだ修行が足りないことを思い知らされた。

さらに北へ向かって進むと巣走登山道へ出ることが出来た。

時間は11時を過ぎていた。

ここからは、一般道で籠坂峠を通って、いつもの富士北麓公園付近の林道を目指した。

国道138号線(旧鎌倉往還)でトラブルは起こった。

石田会長のCRMがパンクしたのだ。

近くのLOWSONまで進めて、そこで修理をしながらの昼食となった。

今年に入り何度かパンクしている石田氏は釘や鋭利なものを選んで踏んでしまう習性があるようだ。

昨年の北海道ツーリングでもパンクしていた。

ここまで重なると、当サイトとしては単なる偶然や不運では片付ける訳には行かない。

思い切ってパンク石田と命名することをこのとき決定した。

しかし、本職でもある石田会長の手際はよく、飯を食いながらチョチョイと直してしまった。近くにガソリンスタンドがあったため、エアボンベを借りれたのも好運だった。

気を取り直して、中の茶屋から林道へ。

相変わらず面白いコースである。

以前より舗装が進んでいる為、少なくなりつつはあるが、まさに林道天国でる。

お約束の「マッツーの丘」に到着した。

今回初参加のマロンが「マロンの丘」へ名前を変更するくらいの何かをやってくれるのか?が注目だった。

しかし、その前にチャレンジした石田会長が途中で停まってしまった。

パンクの後遺症か、この日は切れのあるヒルクライムを見せることはなかった。

そして、注目のマロンの初挑戦。

ウーパールーパーのような可憐な表情が真剣になった。

と思いきや、コースを外れて、脇の切り株に向かって勢いよく突進していく。

一同は思った。

「やっちまう!」

しかし、その切り株にバイクの側面を「バキッ」とぶつけて、方向をうまく変えて停まった。(切り株ターン)

ディグリーの車高の低いことが幸いして、その後は両足で蹴っぱりながら、無難に上りきってしまった。

マッツーの丘には、ノーマルヒルとデンジャラスヒルの二つのコースがある。

通常はノーマルヒルを楽しむのだが、アポロン様はデンジャラスヒルへ挑んだ。

天性のバランスを持つ、太陽神アポロン様だが、見事に転倒し、足が挟まって動けない状態に陥った。

マッツーの丘に笑い声がコダマした。

アポロン様この日初めてという転倒である。

以前、多摩川練習場からの帰り道、何気ない轍にタイヤを滑らせて大の字にコケたあの日が思い出される。

アポロン様がコケる時はなかなか衝撃的なのである。

一通り遊んだので我々は「紅っちゃう?」ことにした。

     紅っちゃう:「紅富士の湯」に入りに行くこと

素直に下ればいいものを、アポロン様はわき道があると入っていってしまう。

この時に入った獣道も嫌な雰囲気だった。

路面は草で覆われ、大小の折れた枝が散乱している。

斜めに横たわった直径5cmくらいの枝にタイヤを奪われ転倒してしまった。

この日何度目の転倒だろう?

マロン平原よりも私のほうが転倒回数は多かった。

おかげで腕は疲れ果てていた。

この獣道も行きとまりで、Uターンをし引き返したが、そこでも丸太越えを失敗し、転倒した。

ヘロヘロになり、紅富士の湯に浸かった時には最高の気分だった。

いつも思うことだが、このまま、浴衣を着て宴会に突入したい気分だった。

紅富士の湯を出たときには5時を過ぎていて、あたりは暗くなっていた。

御殿場までの渋滞を避け246で大井松田ICへ向かった。

こちらはこちらでいつものように渋滞だったが、東名高速は珍しく空いていた。

最後の集合地点である海老名SAではマッツーが消えた。

得意の攻撃である。

アポロン様は事故ではないかと心配して駐車場から動こうとしない。

私は言った。

「待ってても無駄ですよ!ヤツはどうせ通り過ごしたに違いない。」

「放っておいて飯でも食いましょうよ!」

しかし、アポロン様の心配はぬぐいきれずに渋々レストランへ入って行った。

しばらくして、携帯電話が鳴った。

マッツーである。

本人の話では、海老名を通り越し、港北PAまで行ってしまったということである。

最後は、マッツーがキッチリと締めてくれた。