筑波選手権 第7戦(最終戦)

開催日:2002/10/26(土曜日)

コースコンディション:ウエット

 

●第6戦までのポイントランキング

今回の筑波選手権の最終戦 GP250クラスは上記のランキングのように僅差の3名による過酷なサバイバルレースだ。
勝った者が今年のチャンピオンとなる。
われらが豊田選手(TEAM D:REX&T-PROJECT)のタイトル獲得する条件は、No.20のF選手より3ポイント以上多く獲得すればよい。
優勝で20P、F選手が17Pで同ポイントで並ぶ為、優勝回数の多い豊田選手が上位になるのである。
この見逃せない最終戦は、腰痛番長と二人で応援に行くことにした。

 

 

朝の守谷SA。
ツーリングや筑波サーキットへ行くとき常磐道を通るときには、必ずここで「かきあげソバ」を食べる私の習慣に引き込まれて、普段はウドンしか食べない腰痛番長は、珍しくソバを食べている。

この日は朝から雨模様。
車検に向けてタイヤを待つT−PROJECTの監督


最終戦で、やっと色がついたNo.6豊田号(TZ250)

ピットでは腰痛番長の取材が始まった。
最初は豊田選手。
予選前の心境などを取材していた。

次は、BRIDESTONEのカナイ氏。
スポーツスターカップを通じて、腰痛番長とは古い知り合いである。
「あれっ? 何で居るんですか?」
このような地方選手権に腰痛番長が来ていることに驚いていた。

予選開始。
のんびりとコースを確認するかのように2〜3周まわり、序々にペースアップしていく。
普段の豊田選手ならば、即座にトップタイムをマークして電光掲示板に「6」を表示させるのだが、この日は苦戦しているようだ。
一瞬2位に上がるものの、最終的には電光掲示板からも消えてしまった。
結果的には7位。
なにやら、起きたに違いない。
CXコーナーの観覧席で見ていた我々は急いでPITに戻った。

TZに装着されていたデトネ―ションカウンター(異常爆発をカウントする計器)の数値が1538を表示している。普段ならば50くらいなので、その数字は異常である。
早速ピストンをチェックしてみると、ご覧のようにピストンの淵が削れている。
これ以上走ったら、ピストンが欠けて、シリンダーも被害が出ていたかも知れない。
予測される原因は、シリンダーの隙間からエアを吸い込んでいるためではないか?と言うことだったが、ワンデイレースの悲劇はここのある。
今から数時間後の決勝レースまでの数時間では、シリンダーをばらす訳にはいかないのである。
出来る最大の手を施し、あとは決勝レースで18周だけエンジンが耐えてくれることを祈るしかない。

 

 

決勝に向けて最後の調整に頑張っている豊田選手とチームの方々と同様、我々も応援する立場として万全な体制で望むために、雨対策の長靴を購入しようということになった。
腰痛番長は20分もの時間をかけて試着を繰り返し、最終的にT−PROJECTカラーの黄色と黒の長靴を選んだ。¥2,980のこの売り場では最高級のモデルである。

サーキットに戻ってみると、雨はすでに上がっており、そればかりか時折、陽が差すこともあった。
決勝まであと1時間。
「スリックか?レインか?」
ピットがあわただしくなってきた。

このまま一時間たてばレコードラインは乾いてしまうかもしれない。
そして時間は経過し、いよいよ決勝レースの始まりである。
ウォームアップランに一番に飛び出していったのは、豊田選手だった。
これは、誰よりも早くコースコンディションを確かめ、場合によってはスリックへ替えることも考えたのであろう。
メインスタンドに場所を移した、私と腰痛番長は刻一刻と近づく決勝レーススタートを固唾を飲んで飲んで見守っていた。
特に腰痛番長は、この寒い筑波で、「なんだか熱いな〜」とか言ってジャンパーを脱ぎ出した。
「自分のレースよりも緊張するな〜」
とパタパタしていた。

選手紹介が終わり、
ピットクルーも退場し、
1分前エンジンスタートのサイン。
30秒前のサイン。
そして赤いシグナルが灯ろうとしたとき、何故かNo.6豊田選手はするするっと前に進んでしまった。
そして、赤いシグナルが点灯した。
「あれっ? どうなっちゃうの?」
次の瞬間赤いシグナルが消えて、OFFICIALが出て来て、豊田氏にバックするように指示した。
真っ赤な顔して(ヘルメットで見えないので想像モード)バックして自分のグリットに戻り、改めて赤いシグナルが点灯して決勝レースはスタートした。
ジャストミートでホールショットを決めた豊田選手はトップで第一コーナーへ進入して行った。
そして大群を引き連れて、オープニングLAPは見事に1位で通過した。
No.20のランキングトップのF氏はこのとき20番手付近
No.18の同ポイントのT氏は5〜6番手。
これまでの実績などを考慮すると、完璧な形でのスタートであった。

しかし、豊田選手のペースは上がらない。
背後のNo.11の選手にあっさりとTOPを奪われる。
「調子が悪いのか? それともPITサインか?」
真意はわからないが、ライバル達の前にいるのでそれはそれで良しということで納得し、応援を続けた。すると、TOPのNo.11はどんどん豊田氏を引き離して逃げていく。
レコードラインは乾き始め、全員がレインタイヤを装着しているため、乾いたレコードラインを外したコースを通るため、レコードラインが空く。しかしそこはドライなので、タイヤには辛い。
そんな過酷な状況となっていた。

すると、五番手あたりを走行していたNo.18 T氏はグングンとペースを上げ、順位を上げてきた。
ついには3番手まで上がってきて、2位の豊田選手との差が詰まり始めた。
このあたりの豊田選手のLAPタイムは7秒前後と安定していたが、後ろから追いかけるNo.18がペースを上げてきていて差が縮んできたのである。まだ中盤戦である。
「このまま終わってくれ〜」
腰痛番長は叫んだ(ように思った)。

逃げる豊田選手と追いかけるT選手。
前でチェッカーを受けた方が今年のチャンピオンである。
まさに熱い熱いデッドヒートが展開された。
そしてさらに驚いたのは、4番手にいるのは豊田選手のチームメイトである若干22歳の塩ノ谷選手で、豊田選手を援護するために3番手のT選手を差して前に出ようと、必死で食い下がっている。

その三台の死闘は、終盤にはトップを走っていたNo.11の選手に追いついてしまった。
No.11はおそらくタイヤが終わってしまってるであろうと思うくらいにペースが落ちており、決死のこの3台はまるで周回遅れの選手をパスするかのごとく、抜き去った。
そして最終LAP。
第一コーナーでは全員がIN-IN-INのように見えるほど、鋭角に進入していく。
すると次の瞬間No.18のT氏が豊田氏選手の前に出たように見えた。
「ぐぇ〜」
腰痛番長は隣で不気味な声を上げた。(ように思えた)

どうなってしまうのか?
最終戦最終LAPにドラマは待っていた。
「勝った方がチャンピオン」
この状況の二人は極限のバトルでタイヤはズルズルだった。(背後から見ていた塩ノ谷選手の談話)

呼吸も忘れて、最終コーナーから現れる選手を待った。

先頭で現れたのはNo.6豊田選手である。
すぐ後ろにはNo.18のT氏。

メインスタンドの我々は、ガッツボーズ・ハイタッチ・抱擁。と体全部でこの喜びを表現した。
あたりの人たちは「何? この人達。」という視線も感じないほど、叫んだ。

死闘は終わった。我々にとっては劇的な、そして最高のレースだった。

ウィニングランで終始立ち上がってガッツポーズをする豊田選手がこの勝利の厳しさを物語っていた。がっくりとしたNo.18 T選手だったが、見事なレースだった。
塩ノ谷選手の初表彰台もお見事だった。

MEGARIDEの1000万人のファンにチャンピオンを公約した男・豊田浩史はやってくれた。

豊田浩史殿そしてT-PROJECTの監督をはじめ、関係者の皆様。
最高のレース。ありがとうございました。

 

 



その後、問題が発覚した。
準備され表彰台に向かった豊田選手はOFFICIALに何やら耳打ちされ、管制塔へ走っていった。
マシンは脇に外され、優勝のところにはNo.18の T選手が誘導された。
「何? どういうことだ?」
慌てて、豊田氏の所属するチームに問い合わせるものの、スタート時のあの出来事に絡んでいるらしいとしかわからないようだった。

状況をもう一度確認しておくと、

1.赤シグナルが点灯する前に豊田選手のマシンがするすると前に数メートル進んでしまった。
2.その状況にもかかわらず、赤シグナルが点灯した。
3.(その事態に気付いたのか)シグナルは消灯した。
4.OFFICIALが豊田選手にバックを指示し、元のグリットに戻ったところで、再度赤シグナルが点灯した。
5.レースはスタートし、豊田選手は優勝したが、その間、ペナルティなどを示すフラグは振られることは無かった。
6.表彰式で、突然豊田選手およびマシンは外された。

赤シグナル点灯前に、もし、エンジンが止まってしまった場合、手を上げてそれを示せば、ペナルティ無しで、再スタートとなる。
この場合、同じ取扱いであるべきで、しかもフラッグによる指示も無いままで、レースを最後まで進行させておいて、しかも今回はタイトル争いをしている二人のバトルという極めて重要な意味を持つレースだった。
前例の無いことであれば、暫定的にでも、どちらに転んでもいいように、対処すべきなのに、外された豊田選手のマシンは車検も受けずに、返されている。
つまり、検討はするが、財団側のミスは認める訳には行かないので、結果は変わりませんよ。
というような、ふざけた対処であるように思える。
レーサー本人と財団がそれで手を打つのは勝手だが、手間暇かけて応援に行っている。我々一般の観客に対しては、それではすまない。
現在、筑波サーキットの公式サイトのGP250のリザルトはペンディングになっている。

財団への抗議文を送ったので、その回答・対応は報告します。
財団側の誠意ある対応を求める。



バイクを表彰式から撤収するT-PROJECTの監督とNo.6豊田選手のTZ250

暫定表彰式は、豊田選手抜きで行なわれた。

塩ノ谷選手がもらった、花束とシャンパンを「真のチャンピオン」豊田氏のマシンへ。

夕方になっても、奥に移っている管制塔の中で抗議は続く。
それを何も言わず、ただじっと待っているTZ250。
その横顔は、寂しげだ。 (⌒◇⌒;)

抗議から、一足先に戻って事情を説明するT-PROJECT監督。

 

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筑波サーキットおよび筑波選手権を運営している
財団法人 日本オートスポーツセンターへの問合せ
や抗議はこちらから。

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