BRIDGESTONE走行会

2002/6/25 筑波サーキット 天気 雨降ったり止んだり

第3回目を迎えるBRIDGESTONE走行会の筑波サーキット編は、雨の天気予報に参加者の反応はそれぞれだった。
一切気にせずにやる気満々のメンバーがほとんどだったが、私は何とかしてエスケイプしようと企んでいた。
そこで、思いついたのが、くれ〜じ氏のトランポに載せて行ってもらい、現地が雨ならそのままバイクを下ろさずに済ませるという、通称「楽チン計画」だった。


■日曜日
一国を訪れた腰痛番長などと「ニュートン」に行こうという話になり、この計画が具体化したわけだが、これが見事に敵中した。
これで、憂鬱な雨対策が解決し、心置きなく極上の塩ハラミをほおば
った。
しかし、この時もう一つの問題を忘れていた。
今回の走行会に向けて、購入した皮ツナギがキツキツで、特にお腹周りがキツイ。やっとチャックを上げることが出来ても、身動きが不自由な状態だった。
そこで、緊急ダイエットを実施しようと決めたその夜に極上塩ハラミである。
家に帰ってからちょっと焦った。
仕方なく、翌日の月曜は断食を決行して、少しでもお腹周りに余裕を作ることを試みた。

■月曜日夕方。
くれ〜じ氏の会社と私の会社が近所なので、Mazyora号を持ちこんで積み込みを行った。これで「楽チン計画」は完成された。(自走組からは裏切り者呼ばわりをされたがそれは試練として受け止めた。)

■火曜日(当日)
朝4時に目を覚ますと外ではシトシトと雨が降っていた。
この時、「楽チン計画」が完璧だったことを再認識した。
梅ちゃんとは家が近いことから、乗せて行ってもらいAM6:00のゲートOPENに向けて出発した。
筑波のいつものセブンイレブンで軽く朝飯を購入しようと停車したときにPLAINのM総監督がすぐにやってきた。
「今日の総監督は気合が違う! 雨なのに、、。」
そう感じた。
私がのんびりと買い物をして外に出てみると、総監督の車はすでに出発していた。
「今日の総監督はやっぱり気合が違う! 雨なのに、、。」
後を追いかけるように出発するとすぐに筑波サーキットへ到着した。
時間はAM5:55
ゲートOPENが6:00なので通常は正面入り口から入って並ばなくてはならない。それを見過ごした我々は東ゲートで順番待ちすることにした。
6:00になりゲートがOPENし、早くから並んでいたトランポ軍団がゆっくりとパドック方面へ侵入して行く。
すると、その中に、ハーレーワークスカラーのハイエースが居た。
総監督である。
総監督自ら並んで場所取りに励む姿は梅ちゃんをも笑わせ・・いや驚かせた。
他の人達はパドックを確保に奔走しているのを横目に、我々は「定位置」を確保しテント張りに取りかかった。
腰痛番長や自走一番乗りのタマル氏そしてセキ氏などが到着し人数が揃ったところでテントを張った。
PLAIN伝統のレトロテントと一国の軽量・低価格テント2基を設置してマシンを格納した。
その後続々とメンバーが到着し、それぞれのマシンのセットアップに取りかかった。
その時、腰痛番長から爆弾発表があった。
「くれ〜じさんは今お目覚めで〜す」
「彼は5:55にはベッドに居ました〜」
軽やかな口調で発表された。
AM6:00に筑波サーキット集合で、運悪く総監督が一番に並んでいたこの日の状況を考えると最悪のである。
「前日深夜の掲示板にカキコしてたので、寝れなかったんでしょう。」
と私が言ったら、
「そういうMazyoraさんも遅くまでカキコしてましたね〜」
と腰痛番長が指摘してきた。
ということはそれを知っている腰痛番長も寝れてないと確信した。

この日は一国のXB9RとHDJから借用したXB9Rで2台のFireboltが居た。
HDJのは純正でDUNLOPのタイヤを履いているため、サーキットでは走行できなかったが、一国SPECIALはBSに履き替え、新車だったので、慣らしの為にこのサーキットへ持ってきていた。
しかし、天気は雨。
そこで、レインタイヤを履きかえることにした。
梅ちゃんはレインタイヤを履いてサーキットを走ったことが無い。
いくら「慣らし中」とはいえ、期待と不安がにじみ出ていた。
BSのJUNさんからも細かくアドバイクを受けていた。


しばらくすると、くれ〜じ氏が到着した。
信じられないほど早い。
本当に自宅から来たのか?
この所要時間から推測すると、西川口あたりにしけ込んでいたのではないか?とか疑問があったが、東京から来たらしい。
この異常な動きの早さが「くれ〜じ」の由来なのである。
到着したくれ〜じ氏は雨のこの状況で走る気力を失っていた。
あとで知ったことだが、雨のサーキットは経験がなかったのである。
しかし、総監督のゲキが飛び、走らざるを獲ない状況であることがわかり、渋々とホワイトダイナマイト号とマジョーラ号をトランポから降ろした。

降ろされたマジョーラ号はどこか寂しそうだった。

でもタンクにた溜まる水滴が織り成す模様は芸術的だった。
次回の塗装はこれで行こうとまで思った。
雨でぬれたような塗装で、初め見た人が「あれっ?塗れてるのかな?と触ってみると塗装であることに気付きびっくりする」
そんなことを考えていた。

マシンガン・ミヤジマはこの日も絶好調。
初のサーキット走行であり、そのために、HSR42のキャブと珍しい黒いQUANTAMのリアサスを装着しての参加だからだ。
このテンションは夜中に分かれるまで続いていた。

■1本目

レーサークラス
腰痛番長 XLH1200
くれ〜じ XLH883
シミズ氏 KTM Duke
梅ちゃん XB9R
コジマ氏 XL883
タマル氏 BUELL M2 ミッドナイトSpecial(伊東の夜の出来事)号

走行前に、くれ〜じ氏や腰痛番長に梅ちゃんはこう言った。
「私のは慣らし中なので、よろしくですぅ〜」
しかし、いざ走行してみると、雨の中、元気のない走りが目立つ中、一台だけ猛スピードでLAPを重ねるマシンが居た。
XB9R (慣らし中)レインタイヤ仕様だった。
他のマシンが20秒後半で周回しているしている中で一人だけ20秒前半で走行している。それも生き生きと、、、。
「どこが慣らし中やねん」(`´)
走行後にはニコニコ顔で梅ちゃんは戻ってきた。
そういえば、今年のこれまでのレースや走行会ではあまり良いことがなかった梅ちゃんへの神様からのプレゼントかもしれない。

一般クラスG組
Mazyora XL1200S
銀スポ・モリタ XL1200S
マシンガン・ミヤジマ XL1200S(初体験)
キモトッチ BUELL S1 コガネムシ号
マッツー  BUELL S1W ナイチンゲール(看護婦パブ)号

一般クラスが走るころには雨が上がり、バックストレートではレコードラインが乾き始めていた。
この日初めて皮ツナギを来た私は燃えた。
路面もハーフウエットに近い状況になり、気持ち良く走行できた。
その中でも、後半に前の組の集団に追いつき、そこにキモトッチ・ミヤジマ・マッツー等を発見した時にはうれしかった。
「うぉ〜」
と叫んだら、シールドが曇ったが、序々に近づき第一コーナー立ち上がりでまずはマッツーをパス。
勢い良すぎて第一ヘヤピンではずるっ滑ってしまい、若干冷や汗。
CX立ち上がりでキモトッチをパス。
バックストレートの後半の最終コーナーの侵入でミヤジマをパス。
自分の世界ではこれが最終LAPである。
そのまま、伏せた姿勢でメインストレートに向っていく。
チェッカー。
優勝。
そんな感じで自分的には気分の良い走行だった。(Best 28秒台)

一般クラス (Hグループ)
エレック斉藤  BUELL M2 クローチ号
セキ氏  BUELL RR1000

この日は一般クラスが分かれての走行となった。
さらに路面コンディションは上がり、エレック斉藤は相変わらずのリーンウィズの正統派スタイルで22秒台をたたき出した。

すっかり雨があがり、このまま午後の部までもってくれるそうな雰囲気だった。
すると、突然予期せぬ来客が訪れた。
一国峠の会長・メカイシさんである。
恐らく、愛車のスポーツスターで登場する予定だったが雨だったのでCRMにしたに違いない。その一方でキモトッチはBSのステッカーをマメにフロントフォークに貼っていた。

午後の部が始まるとまたもや暗雲が立ち込め、小雨が降ってきた。
さっきまでの天気とは一転し、レーサーグループの人達はカッパを来こみ始めた。その不運とも言える状況に、腰痛番長のフラストレーションは溜まっていた。
さっきまで路面が完全に乾いていたため、レインタイヤからノーマルに戻したばかりのXB9Rの梅ちゃんが腐っていた。
1本目のレインタイヤの好グリップを経験して、今回はノーマルタイヤでどうなのか? 本人は不安気だった。
いざスタートすると、案の上、XB9Rのペースが上がらない。
というより、安全に慣らしに徹しているといったほうが正確かもしれない。
しかし、偶然に後方に居たくれ〜じ氏が差を縮めはじめた。
いくら慣らし中とは言え、883に抜かれたのでは洒落にならない。
しかし、その差は徐々に縮まり最短で10〜20mまで近づいた。
しかし、遅い他のライダーに絡まれて、結局XB9Rは面子を保った。
その反対側では壮絶なバトルが展開していた。
タマル氏はキャブとマフラーをレース仕様とし確実にパワーの上がったミッドナイトSpecialで淡々と走行していると、前方にBMW R1100Sを発見した。
それを追走し始めたのだ。
それに気付いたBMW側もペースを上げ、この2台のバトルはまるでレース観戦をしているかのようだった。
こんな走行会で、しかも雨の中、この2台はLAPを重ねる後とにタイムをあげていった。ここでタマル氏が19秒台に突入した。
そして、最終LAPの前についにタマル氏はやや強引に第一コーナーでINをさした。
見てる方はハラハラである。
このまま、戻ってくればチェッカーである。
息を呑んで最終コーナーから出てくるのを待っていると、我等がタマル氏はやや引き離してチェッカー (イメージ的には優勝を果たした。)

戻ってきたタマル氏は完全に燃え尽きた表情で疲れきっていた。

不完全燃焼の腰痛番長はもう数本走りて〜 と燃えていた。
そうすると、運良く、一般クラスG組の欠員枠を入手し、しかもXB9Rで走行することになった。さらにはその後のH組の欠員枠もゲットして走りまくった。
陣中見舞のはずの負傷中の豊田選手も突然リハビリを兼ねて乗ることになり、いよいよ盛り上がってきた。
私は昼食に食べたてんぷらうどんの影響でツナギのファスナーが上がらなくなり、敢え無くリタイヤとなった。
「雨恐怖症」のマッツーも2本目はリタイヤとなった。
一方エレック斉藤やキモトッチは腰痛番長の「セキヤン・ライディングスクール」をサーキット上で受講し、ラインの取り方など多くのことを学んだ。

そういえば前回の走行会の時、私も「くれ〜じ ライディングスクール」を受講したことがあるが、その時は、そのスローペースの講師くれ〜じ氏を最終コーナーでインからさしてしまい、それがくれ〜じ氏の逆鱗に触れ、そのままぶっちぎられ消えてしまったという経験がある。
やはり受講するものはまじめでなくてはならない。

 

無事走行会も終わり、先日北海道で怪我をしたというかおりちゃんへ寄せ書きをして解散となった。

BRIDGESTONE様 ありがとうございました。

解散後は生麦の「おわん」で反省会が開かれた。
その模様は、後日マッツーがレポートする。