GLAND SLAM 4
開催日:2001/11/11(SUN)
天気:快晴
5月のTRANS ECHOでは、藤原氏6位入賞、豊田氏4位入賞と盛り上がった大会だったが、今回のGLAND SLAM4では一国Racingのエース豊田氏が骨折のため出走できなくなった。
そのため、急遽若旦那がM2 Cycloneに乗って、SportSterCup Openクラスへの出走となった。
また、「ヘヤピンの魔術師」またの名を「最後の19インチライダー」として有名な関口氏も腰痛のため出走せず。ちょっぴり寂しい状態だが、元気な藤原氏にすべての期待をしてのレース観戦となった。
AM6:00に筑波前のモナークに到着すると、おなじみハーレートラックのフジワラ氏とFXRスプリンガーの豊田氏がすでに到着していた。
途中の道路工事で濡れたダートが会ったため、FXRスプリンガーは泥だらけで寒さに震えている豊田氏はショックを受けていた。
ピット内に入り早速テントを張り準備をしていたが、我々のテントだけがやけに小さい。次回は大きな奴を買うと若旦那は言っていた。
そんなことをしているうちに7:15のSSC883クラスの車検が始まった。
今回はたくさんのスタッフが居て、万全の体制での参戦となった。
いつもなら自分でバイクを押す若旦那も周りがすべてやってくれるのでかえって落ち着かないようだった。
8:00には883の予選が始まった。
相変わらず予選に並ぶときは先頭をキープするPLAIN魂は健在だった。
結果もそうなると尚良いが、実際は藤原氏が苦戦をし7位で予選を終えた。
以前までだったら、「7位健闘」だったが、前回入賞している実績がある今では「7位苦戦」となる。レベルが上がった証拠だろう。
10:20にはSSC OPENクラスの予選が始まったが、先頭でスタートした若旦那はそのまま1周を逃げきり、2LAP目も第1コーナーに先頭で侵入し、S字もこなし第一ヘヤピンの立ち上がりあたりからスカスカと抜かれ始めた。
結果は13位。今回の出走台数が少なく17台しか居なかったので後ろのほうだった。
SportSterCup 883クラス決勝
12:30にはSSC883クラスの決勝のスタートである。
ツナギを着込むとき、キモトッチがサポートし、身の回りの世話をしていた。
近い将来、タマル氏がデビューするときに向けて、キモットッチはPITマンとしてトレーニングをしていた。
SぽrtSterCup 883クラス決勝。
MCのインタビューに照れながら答えた藤原氏の表情は緊張していた。
2戦連続入賞を成し遂げれば、TEAM PLAINの三浦監督からopenクラスへのステップアップのお達しがでる。
そのためには8秒台と入賞を果たさなければならない。
箱根では敵無しの藤原氏でも決勝となると緊張をしている。
そしてSTART!
スタートダッシュで順位を上げた藤原氏は4位か5位で第1コーナーへ現われた。ちなみに私はスタート後ブリジストンの2階のベランダからの観戦となった。
しかし、なかなかペースが上がらず6位に後退してしまった。
それを見て三浦監督は、
「タイヤウォーマーを付けてたんだから、最初からガンガン行け!」とべランダ怒鳴っていた。さらには「最終コーナーでの身体の起き上がりが早い。おそらく第1コーナーでも同じだろう!」と厳しい眼差しでつぶやいていた。
なかなかペースが上がらない藤原氏は7位のライダーにピッタリとマークされてしまった。このまま6位を守れば入賞。抜かれれば即撤収。と大きな境目でもがいていた藤原氏が第1コーナーに現われたときには抜かれていた。
私の場所からではどこで抜かれたのかは不明だが、とにかく7位で第1コーナーを立ち上がって来た。
「かーっ!」と嘆きの声が響いたとき、それが聞こえたのか?藤原氏は猛然とS字のインのゼブラゾーンに乗り上げながら、前のライダーをパスし、次の左のコーナーでは並んだその相手を外側に押し出してガードしながらヘヤピンに侵入して行った。
男の意地を見た。
これを女性ファンが見ていたら、しびれるだろう!
しかし、結果的には7位で入賞を逃した。
見せ場は十分だったような気がするが、三浦監督は暗い表情だった。
SportSterCup オープンクラス決勝
14:30、ゼッケン13、13番グリッドの梅島選手の周りには、人がたくさん居た。まるでポールシッターのような賑わいだった。
ここには緊張感は無く、アットホームな雰囲気だった。まるで「家族対抗歌合戦」のような和やかな雰囲気の中で、一人燃えている男が居た。
昭和10年創業の一国オート 三代目当主、梅島国彦その人である。
豊田選手の怪我で急遽参戦することになり、いつもは人数合わせのライダー的な要素が高かったが、本人は何か手ごたえを感じていた。
そしてスタート。
スタートダッシュで9番手を確保し第1コーナーを立ち上がって来た。
いつもなら、ここから周回を重ねるごとにずるずると順位を落としてシャンシャン!ということだったが、今回は違っていた。
何と順位を上げていったのである。目を疑ってもう一度見てみると、やはり順位を上げて6位になっていた。
このまま行けば入賞である。
三浦監督も、「今日の梅は違うな!」
と感心して見守っていた。
他のライダーと比べても遜色ない走りで、自己ベストの8秒台に突入した。
昨年のチャンピオンの前で必死に6位をキープする梅島選手。
ベランダからは最終コーナーの途中までしか見えないがいい感じで消えていった。
三浦監督も梅島選手の初入賞を予感していた。
そして、第1コーナーに目を移し、6位をキープしたまま現われるのか?とカメラを構えた。
しかし、梅島選手が来ない。
ゼッケン1のライダーはやってきたのに、、、。
「梅はどうした?」
三浦氏監督の表情の目に涙が光った。
「いい走りだったよ!梅 さらば!」
というような表情をしていた。
キモットッチはあわてて、ベランダから降りていった。
テントに戻ってみると、何事もなかったようにM2が並んでいた。
損傷は無いの転倒ではなかったようだ。
現われた梅島選手は色々を言っていたが、要するに回転を回し過ぎてエンジンを壊してしまったということだった。
これまでメカニックとしてライダー達に、「エンジンは壊すなよ!」といいつづけてきた本人がやってしまった。
それを聞いて三浦監督は
「梅!エンジンを今すぐ開けろ!」
と言ってゲキを飛ばしていた。
梅島選手本人は、乗れていただけに大変悔しい表情をしていた。
誰もが、リタイヤは残念だが、今日の彼の走りに拍手を送りたいと言う気持ちだった。
結果的には藤原氏7位
梅島氏7位のときにリタイヤ
撤収作業をしながら、次回はやってやると心に誓う藤原氏と梅島氏だった。
ちなみにHUGE1クラスではリトルジャンアントと異名を持つ新垣選手が59秒6でレコードをマークし、圧勝していた。
港北ニュータウンの焼肉屋での打ち上げに向かうとき、筑波からは遠いのでキモトッチに運転をお願いした。
車が走り出してすぐ記憶が遠ざかった。
次に目覚めたときには首都高だった。常磐道はかなり混んでたらしい。
PLAINで後続を待ち、焼肉屋へ向かった。
最初は生ビールで乾杯をしたとき、豊田さんが居ないことに気付いた。
豊田さんはバイクなので、暖気運転をしていたらしい。それを見捨ててみんなで来てしまったようだ。電話連絡がつき無事合流して深夜までバイク談義を交わした。来年は新型BUELLでレースに本格参戦する名門TEAM PLAIN。
実績があるが故に、妥協は許されない。
果たして、どうゆうマシンを仕上げて誰を乗せるのか?
「豚の軟骨」をほおばりながら三浦氏は燃えていた。
来年はこのPLAIN本格参戦
藤原氏の巻き返し
関口氏の復活
梅ちゃんの初入賞
藤本氏の初筑波
タマル氏の転勤
と、目を離せない年になりそうだ。