第4回 Blue Sky Heaven
開催日:2001/10/13〜14
場所:富士スピードウェイ
Blue Sky Heavenそれは青空の天国。(そのままかよ!=タマル氏のツッコミ)
準備部隊に任命された有志が朝7:00に海老名SAに集結する。
小生は鶴見界隈を6:00くらいに出発し、国道1号〜保土谷バイパス〜東名横浜というルートで向った。この日のSuperMazyora号は大変順調で、信号で止まることが無い。(バイクは関係ね〜よ!=同氏)
結果6:30には海老名SAに到着してしまった。
「チェッ!一番乗りだぜ!」
そうつぶやきながら、海老名SAの第ニPへ向うと、見覚えのあるヘリテイジスプリンガーがいるではないか。
「マシンガン・ミヤジマ」である。(もう居るのかよ!)
彼は、とにかく早い。朝もしゃべりも超一級である。
次に現れたのは、斎藤氏(一国峠ではエレック・サイトウで有名)である。
エスティマに調理器具満載で現れた。BSHでは恒例の「BISTRO PLAIN」のシェフである。
ハイエースの若旦那・883のお兄さん・ハスクバーナのマッツー・モンスターキモトと続々と集まる準備部隊で最後に現れたのは、ローライダーのアオヤマ氏とXJR1200のかおりちゃんである。そう、かおりちゃんとは今年の夏に北海道で出会った、うら若き女性ライダーである。今回BSHに参加する為に北海道からやってきた。
9月に大型免許を取ったばっかりで、不安と希望に胸を膨らませてやってきたのである。
朝の海老名SAでは、ハーレーに興味を持ったかおりちゃんが883を見ながらオーナーのお兄さんと会話中に、
「これって、100万円しないんですか?」
と意外と安いことに驚いていると、
「そんなにするかよ!」
隣にいた親父が大声でツッコミをいれてきた。
タマル氏である。関東一のツッコミと自称するタマル氏は、プロのツッコミ師「さま〜ずの三村」との直接対決を望んでいる。
関東で一番のツッコミ師は誰か?をはっきりさせたいのである。
準備部隊であるにもかかわらず姿をあらわさないメンバーが二人いた。
FXDXの長南氏とBAJAの平原氏である。
しばらく待っても来ないので、仕方なく出発することにした。
東名下りは車が多めだった。
いつものようにアオヤマ氏を先頭に大井松田ICに向けて出発し、ハイペースで巡航しているが、アオヤマ氏のペースはいつもとは違って、比較的のんびりである。これまでは、「これでもか!」と言うくらいにひたすら先行するのに、最近はおとなしめである。
前回の長野ツーリングの時もそうだった。
よくよく考えてみると、愛妻の懐妊以降は走りがマイルドになっている。
これも、父親になる自覚の現われだろう。(みっちゃんへのサービスモード)
しかし、アオヤマ・タマル・Mazyoraという「一国オートの御三家」と言われているこの3台は先頭グループを形成していた。大井松田IC手前でスピードダウンし、下りる準備をしていると、追い越し車線から、ヘリテイジスプリンガーが追い越し車線を追いぬいていった。
「げっ! 人が乗ってない!」
バイクだけが走っているのに驚いた。
目を凝らして、もう一度見てみると、ミヤジマ氏の姿が辛うじて見えた。
「何だ 乗っていたのか」
そして、そのヘリテイジ・ミヤジマは、御三家を抑えて一番乗りで大井松田IC出口へ向かって行った。一国風に言うとこれは「優勝」である。はじめての優勝にミヤジマ氏は、
「いや〜 ありがとうございます。 ただ止まれなかっただけなんですけど・・・」
と照れていた。(写真参照)
大井松田から246でFISCOに向ったが、相変わらず246は車が多かった。
ほとんどがすり抜けに近い状態での走行となる。
先に行きすぎたMazyoraは曲がる場所を間違えて同じく間違えた883と一緒にセブンイレブンでぼんやりとしていた。タマル氏との電話で、行き過ぎたことを知り、慌ててFISCO東ゲートに向った。
9:00の開場を待つ参加者でにぎわっていた東ゲートで、我々が並んでいるポジションは500番グリットくらいでかなり後ろのほうだった。(ここはサーキットかよ!)
「これでは良い場所が確保出来ない」
キャンプに命を燃やすアオヤマ氏は苛立ちを募らせた。
そして、やっと自分達のグループの入場の番が回ってきたが、その先は、ずーっと渋滞だった。
ハスクバーナはオーバーヒート寸前で、マッツーが冷や汗をかいていた。
まだ、9:00頃なのに気温は高く、ヘルメットやジャンバーがうっとうしかった。
アオヤマ氏の活躍で何とか場所を確保しバイクを下りると、札幌から来たかおりちゃんは、あまりにもの暑さに驚いていた。
皮ジャン・皮パンツの小生もその意外な暑さにインキンタムシ状態だった。
とりあえず荷物を下ろし、「つつじヶ丘商店会」の大型テントをみんなで張り、個人のテントを張ったところで、とりあえず缶ビールでの乾杯となった。
しばらくしてPLAINの三浦氏が登場したところで、「買出特殊部隊」が結成された。サイトウシェフが選んだ「買出し特殊部隊」のメンバーはマッツーとミヤジマだった。フットワークを買われての人選だった。
買出部隊が帰ってくる間に生ビールのサーバーが準備された。余ったクーラーの氷がサーバーにセットされた。
豊田氏が差し入れてくれた「おつまみ」でおいしく生ビールを飲むことができた。隣のキャンパーからフジワラ氏が焼き芋をゲットしてきた。当然知り合いだろうと思っていたが、知らない人らしい。
買出部隊が帰ってくると、早速仕込みが始まった。
「BISTRO PLAIN」のオープンである。
シイノ・サイトウ両シェフの指示で、野菜を切る者、水を汲みに行く者etc….
中でも注目を集めたのが、コイデ氏とアオヤマ氏による、「にんじんの桂むき競争」である。
しかし、あまり盛り上がらなかったので、結果までは見ていなかった。
炭が仕上がったところで、とりあえずツマミとして
料理@
チョリソーとウインナーと椎茸の軸の炭火焼
が振舞われた。
ほぼ同時に「BISTRO PLAIN」内に設置された「BAR Monster」もオープンした。「BAR Monster」のマスターはキモト氏。チーム日野に所属しており、あの有名なタマル氏の後輩である。
彼は、店を持つのが夢(?)だったが、この日に実現した。
「BAR Monster」では主に生ビールがよく売れていた。
「BISTRO PLAIN」「BAR Monster」ともに、本格稼動しだしたのは、次の料理が完成したときである。
料理A 冷製パスタ
料理B
揚げないコロッケ
料理C つみれ鍋
次々と完成し、運ばれる料理に、生ビールは売れに売れ、忙しくなった「BAR Monster」ではスタッフを増やすことにした。
若干5歳のホール担当として加わることになったのはシイノ ヒロト君である。(シイノシェフの御子息)
人見知りしない彼は、ホール担当にはもってこいである。拡声器で「生ビール いかがでちゅか〜」という呼びかけにいち早く反応したのが豊田氏だった。PLAIN系のナイスミドルで知られる豊田氏はこの少年の為にコップのビールを一気に飲み干しての注文だった。
料理D 秋鮭のホイル包み焼
これは、今回の中でも最高傑作ではないかと小生は思った。
ホイルに包まれた秋鮭と付け出しのタマネギとシメジがバター風味が利いて,抜群のハーモニーを醸し出していた。さらに驚いたことに、シイノシェフが「ポン酢をちょっとたらして食べてみてください」と言ったので、やってみると、
「う〜ん マンダム」と思わず言ってしまった。(ふるいギャグ=タマル氏が近くに居たら、ただでは済まなかっただろう)
料理E チャーシューの炭火焼
豚バラを特製ダシで煮込み、それをカットして網焼きにする。
「豚バラだったら、そのまま焼いてもうまいじゃん!」
早速タマル氏の突っ込みが入った。(心の中でのツッコミ)
そして焼きあがったのを食べてタマル氏は、
「美味いジャン!」
盛り上がっていた。
あたりも暗くなった頃に一国オートの内山氏が登場した。
内山氏が手土産に持ってきたのは
料理(番外編) 崎陽軒の揚げシュウマイ(新製品)
だった。なかなかの味だった。
19:30に花火が始まり、いかついライダー達もしばし童心に返った。
その花火と共に現れた人物が居た。
3Litterのタンクを持つBUELLレーサーのセキ氏である。
このセキ氏を出迎えたチャコさんの最初の言葉は
「今回は(ガス欠)大丈夫だった?」
料理F タンドリーチキン
スチールの容器になにやら黄色いドロドロとしたものが入っているのは知っていたが、その中には鳥の手羽先が入っており、漬け込まれていた。
これを網焼きで仕上げるのだからたまらない。
ここで、驚いたのがセキ氏である。セキ氏は焼きあがったアツアツのこのタンドリーチキンを手づかみで持とうとした。
私はすかさず「熱いですよ」と声をかけると、「知ってます」と応え、平気で素手で持っていってしまった。恐るべしBUELLERである。
それを見て、正面に居た長南氏と平原氏にも男らしく素手で食べることを勧め、焼きあがったタンドリーチキンを箸で取ってあげた。
当然彼らは飛び上がって熱がった。
やはり、セキ氏はただ者ではなかった。
料理G 餅(雑煮&磯辺焼き)
さすがに、BISTRO PLAINと言えども、餅は既製品を使った。
切り餅を使って、先ほど食した「つみれ鍋」のスープをベースに「雑煮」にするパターンと、シンプルに海苔としょうゆの「磯辺焼き」が出来上がったが、どちらもGOODだった。
料理H 豚肉ハンバーグ
23:00ちょっと前に、シェフは
「そろそろ小腹が空いたようなのでハンバーグを焼きま〜す」と言ってあらかじめ仕込んでおいたハンバーグをこね始めた。
「小腹かヨ!」
「もう入いんね〜ヨ!」
とタマル氏がツッコミを入れたことは言うまでもない。
確かに、切れ間無く料理が出てくるのは、「BISTRO PLAIN」の特徴である。
現在港北ニュータウンにあるPLAINのとなりがフランスかイタリア系のレストランなのだが、その店が移転などして、その店舗が空くことになれば、今はイベント限定オープンの「BISTRO PLAIN」がリアル店舗で実現する(!?)是非期待したい。
24:00ごろに睡魔が襲ってきたため、小生はあえなくテントに崩れ落ちる。
いつものようにシュラフに入った瞬間から記憶が無かった。
翌朝は地獄の寒さに目が覚めた。
朝5:00で、まだあたりが暗かったので再度眠りにつく。次に目を覚ましたのが6:00前。
あたりは明るくなっていたので、シュラフから出て着替えようとする。
下半身はパンツ1枚で寝ていたため、起きて皮パンをはかなければならない。
しっかりと冷えている皮パンに足を入れると、まるでタイタニックのデカプリオが、冷たさに震えながらこらえるシーンが最後の方にあるが、まさにその状態だった。
残念ながらとなりに女性が居たわけではないが、、、。
それを乗り越え、表に出てみると、朝のお約束「マシンガン・ミヤジマ」がやってきた。
「おはようございます。最高のイビキでしたね〜。向こうアオヤマさんとツインでガーガーとさすがでしたよ。fjevb;obh;otbhq:tibh:tib;エrfhbクェq:エsg、いwjgjアr:qhrtbq349・・・・」
とか何やら喋り捲っていた。
結婚式のため早めに帰るサイトウ氏を見送り、小生も帰宅準備に入った。
6:30頃にミヤジマ氏・長南氏・タマル氏に送られて、エンジンをかけないまま惰性で出口まで下りた。
246を大井松田ICまで走り、東名高速でビュンビュン走行していると、前方に10台くらいのライダーが見えた。
ふと思った。
「スピードを出すのは、アオヤマ氏やタマル氏が居るからだと思っていたが、一人でもやっぱり飛ばすんだな〜。俺って。」
そんなことを考えながら、一瞬のうちにそれらのバイク群を抜き去り、追走をさせまいとさらにアクセルを開けて頑張っていると、突然エンジンが不調を訴えてきた。
5000回転に達すると、ガソリンの供給が止まるような症状。まるでスピードリミッターが効いたような症状(長野ツーリングと同じ症状)が出たのである。
あの時は、エアフィルターのつまりが原因だったはず。その後新品に換えたばかりなので、エアフィルターが原因ではなかったようだ。
再度試みるも、同じく5000回転に達すると同じ症状になってしまう。
「駄目だ! このバイクも限界かな?」
「これでは、筑波サーキットで8秒台は無理だ!」
「一国のコンプリートマシンに買い換えようかな? 駄目だ!あれは883だ!」
「やっぱりビッグツインかな? いや重い!」
などと一人で考えていると海老名SAに到着した。
気を静めるための「爆弾投下の儀式」を行い、給油して出発した。
そして、もう一度エンジンを試してみると、今度は6000回転まで回った。問題なく。
原因分析の結果、ガソリンが少なくなるとこの症状がでることがわかった。
よくわからないが、納得!納得!
その結果、家に着いた時は、大変気分が良く、すがすがしい気持ちになれた。
「よし!日曜日はこれから始まる。 一生懸命家族サービスをしよう!」