2001/9/15-16
PLAIN TOURING in NAGANO
朝7時に海老名SAには続々とハーレーが集まってきた。
Club PLAINのメンバー達である。
毎年恒例となった「長野ツーリング」も10回を越えるらしい(三浦代表弁)
私は今年で3回目だが、毎年楽しみのイベントの一つである。
最近はオフロード車に乗ることが多く、久しぶりのハーレーでのツーリングで予定していた先週が雨で流れたので、久々のハーレーでのロングランである。
海老名SAから、足柄SAまでは先頭で出発した。
秦野中井SAの手前の分岐までは120km/hくらいでのんびりと走行し、分岐になってからはお約束の高速コーナーを楽しむべく右コースを選んだ。
背後にはレモンイエローのBuell S2の長南氏がぴったりと付いて来ていた。そしてその数台後ろには、宿敵「FXRタマル氏」が控えていた。
タマル氏の性格では、先を行く私が、右コースならば、迷わず左コースを選び、足柄SA手前の合流地点までのバトルを選ぶに違いない。そういう性格の持ち主なのである。
左コースはカーブが多く、危険なので、右コースを選んだ私は、アクセル全開にして逃げた。
そして逃げて、逃げまくった。
しかし、全然FXRタマル氏は追って来ない。
どうやら一人相撲だったようだ。
FXRタマル氏は今回長野初参加の遠藤氏(883R)とのんびりと走っていたらしい。
足柄SAで小休止後、すぐ先の御殿場ICで下り、東富士五湖有料道路で河口湖まで向った。
河口湖からは中央道で集合地点の双葉SAに向かった。
中央道で河口湖から入ると、道はガラガラ状態。
「FXRとの一騎撃ち」を待ち望んでいた私は武者震いをしているのかと思ったら、単なるスポーツスターの振動だった。
とにかく、「旧車・FXR退治」を楽しみにしていたので、ガパッとアクセルを開けて勝負に出ようとした。
すると、4500回転付近で「ブホッ ブホッ」とエンジンが咳き込み、回転が上がらなくなる症状が出てしまった。
「えっ? トラブル?」
不安になりながらもう一度ゆっくりと回転を上げていくと、やはり4500回転を超えたあたりに「ブホッ ブホッ」となって、回転が上がらない。そんなことをしている間に、FXRタマル氏とBUELL長南氏は消えていってしまった。
Mazyoraはふてくされて双葉SAまでは一人旅となった。
双葉SAでHarleyDavidsonのMaster of Technologyの称号を有する一国オート 3代目 若旦那こと梅ちゃんに聞いてみると、エアクリーナーの詰まりということが分かった。
しかし、高回転域だけなので、普通に走っている分には問題は無いのだが、「宿敵 FXR」の撃墜をあきらめるということは、Mazyoraの「死」を意味していた。
双葉SAから次の集合場所である諏訪湖SAまでは、FXRタマル氏・TDM850タナベ氏そしてMazyoraと3台によるバトルの様相を呈していたが、SuperMazyora1200Rのこんなコンディションでは到底ついていく事は出来ないのでタマル氏とタナベ氏の一騎撃ちとなった。
タマル氏にとっては、昨年、同じくTDMに乗る豊田選手に撃沈&違反という悪い想い出のある諏訪湖への道のりだったが、今年も同じTDMに相当早いレーサーであるタナベ氏が乗って戦うことになる。昨年はBuellだったが今年はFXR(=旧車)に乗っているので、さぞかし苦しい戦いだったろう。
勝負にはならないが、タマル氏は悪あがきをしてせいぜい頑張ったのだろう。そしてその後からタナベ氏は諏訪湖を眺めながら鼻歌交じりで追走していたに違いない。
諏訪湖SAで昼食をとり、次の集合場所である上信越の東部湯の丸SAまでは「約80kmです」とアオヤマ氏が言っていたので、双葉SAで給油し60kmしか走ってなかったSportsterは給油せずにそのまま進むことにした。SuperMazyora号はガソリン満タンで150〜160kmが走行可能距離なので、60km+80km=約140kmならば「問題無し」と判断した。
同じくミニタンクの若旦那(=梅ちゃん)は100km目安なので、諏訪湖SAで給油すれば80km先の「東部湯の丸SA」まではOKと判断していた。
諏訪湖SAを出てすぐに長野道の分岐となり、一人でのんびり走っていると、後ろから気になるマシンが1台居た。
宿敵FXRタマル氏である。
仕方なく道を譲り、とりあえずFXRの後ろに付き、
「エアクリーナーよ、頼む!今回だけ、空気を送り込んでくれ!」
と神ではなくエアクリーナーに祈りを捧げタマル氏の背後ピッタリに付いた。
予想通り田丸氏はアクセルを全開にして逃げの体制をとった。
そして魔の4500回転付近(時速約160km)。
「ブホッ ブホッ」
当たり前である。神様にお願いするなら奇跡もありえるが、エアクリーナーに頼んでもどうにもなるものではない。
一人ぼっちなったので、仕方なく気分転換に梓川SAでガソリンを補給した。
給油中に他のメンバーたちが追いぬいていったので、それらに追いつこうという新たなそしてちっぽけな目標を立てて出発した。
そのちっぽけな目標を最初にかなえてくれたので、若旦那+遠藤氏の883コンビだった。大きな身体に883は小さく、一般民間人が見たらハーレーとは思わないだろう。特に遠藤さんの足のサイズは29cmなのである。
その二人にトンネルの中で追いついたが、その速度があまりにものんびりだったので、そのまま追いぬいてしまった。
「しまった」
と思い、120km/hくらいで後から来るのを待っていたが、一向に来ないので、次なる目標に向けて進んだ。
長野道から上信越道に入るところで、迷いかけてる女性ライダー2人が居た。今回の参加メンバーでハーレージャパンのA子さんとB子さんだった。
方向を教えて一緒に走ることになったが、上信越道入ってからは一車線やトンネルが多く、頑張れなかったので、そのまま東部湯の丸SAまでチンタラと走った。
たどり着いてみると、諏訪湖SAからは100kmを越えていた。
梓川SAで気まぐれ給油をしなければ、とても危険な状態だった。
ちょっと待てよ? すると、チビタンクの人々はどうなるのだろう?
若旦那&カワノ氏である。
SA内はその話題で盛り上がった。
ツーレポ的にはトラブルは大歓迎である。
すると、若旦那と一緒に走っていた、遠藤氏が一人でやってきた。
それを見て二人が一緒に走っていたのを知ってる私は「やっちまった! ガス欠に違いない!」
と確信し、わくわくしながら、カメラを準備した。
しかし、SAの入り口で後続部隊を待っているということだったので、レポーター的には残念だった。
東部湯の丸SAでは地元のバイカーズドリームの面々が泣く子も黙るTITANで待っていてくれた。
ここで合流して、県道94号線で湯ノ丸山を越える地蔵峠を抜けて草津温泉へ向った。
草津温泉「大滝の湯」は一昨年も来た温泉だが、人気が高くこの日も満員状態だったが、広い湯殿は相当な人数を収容できる。
そして風呂上りのビールは至福の時をもたらした。
草津からは国道292号線で白根山を越えて横手山(標高2305m)に向けてひたすら登り道である。
地元バイカーズドリームの総帥ノブさんが
「山の上は雲の中です。カッパを着た方が良いでしょう」
とアドバイスしてくれたので、ラフローで新調したカッパを着こんだ。中には反抗して「はーれー乗りにはカッパはいらない」と言って、カッパを着ない人がいた。
本日初登場のあのアオヤマ氏である。
この台詞は2年前に私が言って、びしょ濡れになったことがあった。
この日も、昇るにつれ路面が濡れ、深い霧(雲)が立ち込めて来て、カッパを着て良かったと思った。
先頭を行くノブさんは1800ccのタイタンでぐんぐんと登っていく、2番目の地元の方は徐々に離されたが、その後ろの私は、「追い抜くのは悪い」
と思い、後を走っていた。
するとその地元の方がコーナーで後輪が滑って「びくっ」としてからはさらにペースが下がった。
それに我慢できず、アオヤマ隊長は反対車線を追いぬいていった。
横手山のリフト乗り場に到着してこれから山頂までは恒例のダートコースである。
日も沈み、霧がかかった最悪のコンディションの中、これをちょっと楽しみにしていた、「一国峠」のアオヤマ氏そして私と勢い良く登っていった。
2年前はしびれたコースも一国峠のメンバーとなった今となっては楽しいコースとなった。
タマル氏も同様で、のんびり走るほかのメンバーに石を撒き散らしながら追い抜いてきたらしい。
そうカワノ氏はクレームをつけていた。
そのカワノ氏には翌朝悲劇が訪れることになる。
部屋に入って夕食までのひとときを過ごしていると、アオヤマ氏は地図を広げ、明日の帰り道の研究に入っていた。
ご懐妊発表から間もないアオヤマ氏は家族と地図のどちらかの選択を迫られたら、恐らく地図を選ぶだろう。と言われるくらい地図が好きなのである。
昨年は一般道で渋川まで突き進んだ実績はアオヤマ氏を英雄化した。
その際、ヘリテイジで一緒に来て後悔していたニシさんも最初は行く気満々だったが、その時の戦友とも言うべきFXDXアオキの姿が今回は無かったので、一人では心細いと言っていた。
宴会が始まり、横手山頂ヒュッテの豪華なディナーが次々と運ばれてきた。
このときに活躍したのが、ヘリテイジスプリンガーのMr.ミヤジマだった。
ミヤジマ氏はオトボケ隊員としても有名だが、マシンガンのようにしゃべり続ける特技を持っていた。
そして、とても気が利き
「アオヤマさん。あちらにご飯がありますが、持ってきましょうか?」
とかいろいろと周りに気を使い、いわゆる「いい奴」だった。
若干26歳 独身 他にスポーツスターも持つこの若者に良い人がいたら紹介してあげてください。
(→アオヤマ夫人・ミッチーへのメッセージ)
レストランで食事後、部屋での宴会は不運にも我々の部屋になってしまった。
部屋名:横手山(一番奥の右)
部屋の人:アオヤマ室長・ミヤジマ火気取扱主任・ニシ八戸出身・Mr.Mazyora以上4名
そこに運ばれたビールやワイン、そして夕食の残りで宴会は始まった。
その宴会は入れ替わり立ち代りで2時くらいまで続いた。
この宴会ではとにかく笑った。
どんな内容だったか?は覚えてないが、とにかく笑った。
PLAIN系のコイデ氏とカワノ氏漫才コンビ
幹事長の斉藤氏(一国峠ではエレック斉藤)が気に入ってた某女性の話。
人の部屋で勝手に朝まで寝ていった木村さん
PLAIN三浦代表のレースへの思い。
一国の若旦那こと梅ちゃんの良い娘・悪い娘発言
チーム日野 タマル氏(真澄ちゃん=伊東ではMちゃん)はカラオケが無かったので不機嫌だった。
いつも静かに微笑んでいるFLTRのジェントルマン豊田氏。
思いっきり相槌をうつ、マシンガン・ミヤジマ氏。
途中で愛妻からの電話で頭まで真っ赤にしていたアオヤマ氏。
ネプチューンの名倉似と言われショックを受けていた長南氏。
などなど、、。
しかし、それらのメンバーは12時を過ぎたころから次々と減り、最後まで飲んだくれていたのは、この部屋のメンバー以外では長南氏と若旦那だった。
宴会終了後、後片付けをし、布団を敷こうかとしていると、府屋の真中で寝ている木村氏が邪魔だった。
「外に運ぶか? いや外は寒いから廊下に運ぼう」
などと意見が飛び交ったが、結局そのままそこに寝せておくことにした。
畳の上にかけ布団だけだったので、アオヤマ氏は座布団を折り、枕を作って木村氏の頭の下に滑り込ませた。何とやさしい人なんだろう。これが神様(アポロン)と呼ばれ、みんなに崇拝される理由なんだろう。
翌朝、驚くことがあった。
Mr.Mazyoraは高血圧で朝はめっぽう強く、北海道でもどこでも、「ラジオ体操のテーマ曲」を歌いみんなを起こすという習性を持っている。
誰よりも朝は強いと自負していたが、この日はそれを上回る兵(つわもの)の存在が明らかになった。
マシンガン・ミヤジマである。
Mr.Mazyoraが目を覚ましたときには、すでに着替え終わっており、布団も綺麗にたたんであった。そして目を覚ましたMr.Mazyoraをめがけて、なにやら喋り捲っている。
まさにマシンガンを炸裂させていた。
寝起きのMr.Mazyoraはほとんど理解することなく、とりあえずうなずいていた。
アオヤマ氏は愛読書である「ツーリングマップル」で帰り道の検討に入っていた。
7:30頃朝食の為に、レストランに向かったが、それでもマシンガン・ミヤジマは何やらしゃべっている。食事中もしゃべっている。
おそらく、バイクに乗っているときも一人で、しゃべっているのだろう。
レストランでは、一国チームが相変わらず早く席に着いていた。
とにかく、何でも速い一国チームである。
朝の記念撮影後、野尻湖に向かって30台を越すハーレー軍団は山を下りた。
そして、横手山からのダート下り道で悲劇が起こった。
スポーツスターのカワノ氏がバイクを倒してしまった。何か突如エンジンがストールし、バランスを崩したということだったが、自慢のPLAINマフラー 2本だしに傷がついてしまった。本人はかなりショックを受けていたようだった。
国道292で山を下り、信州中野ICから上信越道で妙高高原ICへ向かう道路では、ノブさんのタイタン1800ccの怒涛のサウンドを聞きながらハイペースで妙高高原へ向かった。
3番手のアオヤマ氏がいつものようにハイペースでノブさんを交わし先行すると、さらに後ろから一人のライダーがやってきた。
FXRタマル氏である。いつものパターンである。(またかよ! と一応突っ込んでおいた。関東一のツッコミと自負しているタマル氏はいつの日か、プロの関東系ツッコミ役・サマーズの三村と対決を望んでいた)
ローライダーのアオヤマ氏に迫るFXRタマル氏、それをまとめて追い抜く絶好の機会に遭遇したSuperMazyora1200Rはまたもや180km/h付近で空気の供給が追いつかず、頭打ちとなり、この絶好の機会を逃がしてしまった。
妙高高原ICで下りると2kmほどで野尻湖に到着し、ここで各自昼食をとったが、手打ちソバはまずまずの味だった。それよりもブルーベリーソフトクリームがおいしかった。ほのかな酸味が利いていて、それでいて甘ったるくないシャーベットのような食感はすっきりとさせてくれた。
アオヤマ氏は相変わらず愛読書と睨めっこをしており、野尻湖からの帰りのルートを研究していたが、ここで新たな研究員が登場した。
一国チームのミツハシ氏である。彼は野尻湖から下道で関越道の湯沢まで抜けようという、意表をつく提案をしてきた。
しかし、これはあっさりとアオヤマ隊長に却下され、結局は上信越〜関越道という、オーソドックスなコースの選択になってしまった。すべて高速道路を使って帰るというのはアオヤマ氏にとっては屈辱的なことだが、どうしようも無かったようである。
予定では13:30に野尻湖を出発する予定だったが、13:00頃にはそれまでの青空とは異なり、やや曇り始め、風が出てきた。
その風に一瞬眉をひそめて、地元のノブさんは静かな口調でこう言った。
「この風が止めば雨が降る」
その言葉を聞いて、メンバー達はあわただしく出発に準備に取り掛かった。
先ほどまで晴れていた空が雲で覆われ、ポツリと雨が落ちてきた。
急遽開催した「帰り道検討会議」では、
PLAINの本隊は来た道を帰るルートを選択し、一国チームは関越道を選択したため、妙高高原ICでお別れとなった。
妙高高原ICからはアオヤマ氏が相変わらずのスタートダッシュし、それについていく元気はSuperMazyoraには残されていなかった。
したがって、のんびりとウォークマンを聞きながらの走行となった。
東部湯の丸SAで給油をした時、エアガンを借り、エアクリーナーを掃除した。
念入りにごみを吹き飛ばし、みんなの待つパーキングへ行った。
「うふっふっ! これなら勝てるかも知れない。」
一人でにやけ笑いをしながら、余裕の爆弾投下となった。
爆弾を投下しながら、FXRを追い抜くイメージトレーニングをし、外に出てみると、早くも出発の準備になっていた。
「次は 上里SA集合ね!」
と言い残し、次々と出発して行った。
このとき、判明したことだが、次なる目的地が決まると、一番に出発する習性を持つせっかちなアオヤマ氏の強敵が存在した。883Rミツハシ氏である。かれは、アオヤマ氏よりも早く出発して上里目指して走り出した。
「ちょっと待ってよ! エンジンが調子よくなったから、バトルしようよ!」
そう叫んでも、彼らのエンジン音にかき消されてしまった。
結局一番最後の出発となり、先を行く宿敵を追いかけることになった。
しかし、上信越道は対面通行が多く、なかなか追い越せない。
時折現れる、2車線区間ではエンジンを確かめるようにゆっくりとアクセルを開けてみた。
すると、エアクリ-ナーの不安はすっかり解消していた。
「よし、これで勝てる!」
そう確信はしたが、相手が居ない。
仕方なくひたすら先を急いだ。
すると、天の恵みかタマル氏がチンタラと走っているのを発見した。
「もらった!」
そう心で叫んだ。
そして、いつものようにFXRの背後にスリップストリームの体制に入り、タマル氏のレーサー魂のスイッチをONにした。
しかし、このあたりは車が多く、道も曲がりくねっていたので、アクセルを開けきらない。
タマル氏にはカーブの車も関係ないので、そのまま離されてしまった。
「畜生! まっすぐな空いた道にならないかな?」
と願いつつタマル氏を追いかけていると、比較的空いていて、大きなカーブに差し掛かった。
このカーブではアクセル全開でパスできるほど大きなカーブだった。
「チャンスだ!」
アクセル全開でタマル氏を追いかけると、スピードは190km/hに差し掛かっていた。
エンジンは調子いい。
右の大きなコーナーでタマル氏との距離が序々に縮まり、FXRが限界に近いことがわかった。
直線ならまだしも、コーナーでタマル氏を抜くことは大変な名誉だった。一方タマル氏にとっては屈辱的なことだろう。
「FXR撃ち取ったり!」
そう叫びながら200km/hで並びかけた瞬間、コーナーの向こうに前方に車が現れた。
「うっ! 怖い!」
そう思った時にはアクセルを戻していた。
しかし、タマル氏はスピードを緩める気配が無い。
「・・・・」
作戦は失敗に終わった。
その後は、車が多くなりすり抜けの嵐となったので、結局その先ではバトルをする機会は無かった。
仕方なく、さらに先を行くアオヤマ氏・長南氏に追いつくことを目標に激しく頑張ったが
追いつけぬまま、上里SAに到着をした。
上里SAで小休止後、ミツハシ氏とアオヤマ氏がバイクを交換することになった。
初めてのローライダーにやや緊張気味のミツハシ氏は次の集合場所「三芳SA」と決定した瞬間出発していた。
どうせこの先は渋滞だろう。とタカをくくって出発したMazyoraは意外と空いている事に驚いた。
高速すり抜けで三芳SAまであっという間に到着した。
三芳SAまでの区間、R1やXR400に抜かれてしまった。
三芳SAでは若旦那の883(84年式 4速)のヘッドライトが接触不良となり、一生懸命修理していた。
ここで解散ということになり、「それでは、お疲れ様でした!」と言葉を交わした瞬間、またもやミツハシ氏が出発して行った。アオヤマ氏も真っ青である。
関越道の出口付近の渋滞ものんびりすり抜け、2輪専用料金所をパスし、環七経由で国道1号を目指した。
環七は何十回いや何百回と走っている道なので、勝手は良く知っていた。
誰よりも早くすり抜ける自身があった。
いつものように、順調に絶妙なすり抜けで、一般のラーダー達をパスしながら、「後続の人達はまだまだ来ないだろうな」
等と思いながら、国道一号線に入り川崎方面に進んでいた。
尻手駅のところで、右折するために車線変更し、信号で止まっていると、ハーレーのサウンドが聞こえ、直進していくバイクがあった。
「・・・?」
まさか、まだ来るわけない。
しかし、そのハーレーの後ろを走る黄色のBuellと背中の赤十字は紛れも無く長南氏だった。
「何だ、すぐ後ろに来てたのか!」
若干驚きながら、家へ帰り、風呂に入った時には19:00手前だった。
昨年と比較し、快適な帰り道だった。