富士山アタック ■後編■
(前回までのあらすじ)
石田会長(DR250S)・エレック斎藤(Serrow)・マッツー(CRM250)・Mac(TT250R Raid)の四人は、台風11号の影響で、ガレガレ状態になっている富士山アタックを強行した。
マッツーの丘・横っ飛び広場と一国峠では有名なポイントを経由し、以前雪に阻まれた五号目を目指し、スーパーガレガレの林道をひたすら登った。
先頭を行く石田会長がバイクを下りて、探索しているその先には恐るべし光景が我々を待っていた。
そこには、大きなセメントの壁が立ちふさがっており、到底バイクでは越えることのできる範囲ではなかったのある。
さらには、仮にこの壁を乗り越えたとしても、その先にはスーパーガレガレが待ち受けており、我々は断念を余儀なくされた。
五合目までの距離と、本当に五合目まで行けるのか?
はたまた、五合目では本当に駐車場に入れて、下りはスバルラインで悠々と帰ってこれるのか?
このあたりは、深い森で所々に木漏れ日がこぼれる、森林浴には最高のロケーションだったが、なぜか我々の表情は暗かった。
このスーパーガレガレを下らなくてはいけないという憂鬱感からである。
「これは林道ツーリングではなくトレッキングだ! 嵌められた!」
CRMで苦労していたマッツーがそう叫んだ。
しかし、我々は下らなくてはならない。とりあえず、「カップルの広場」まで戻ることにした。
途中、カップルの男性が徒歩で上ってきたので挨拶をした。
そして、カップルの広場に戻ってみると、十人くらいのキノコハンターが集っており、収穫のキノコを分別していた。
キノコハンターに道を聞き、違う道を下ることにした。
ガレ具合はさっきほどではなかったが、細い道で木が倒れており、その中でも大木が道をふさいでいるポイントがあった。
これを迂回するためにはコースを外れて、またもやトレッキングコースを行かなくてはならない。ここでもMacはバイクをさせきれず倒してしまった。
ほとんどの体力はここで使い果たした。
その先には舗装路があったので、さらに先のもう一つのポイント「真澄ちゃんの横っ飛び広場」である。これはマッツーが名づけた。
ここに向かうダートは程よく湿ったダートで、我々が待ち望んだ路面だった。
これまで、何度となくマッツーに「次は マッツーが隊長ね!」と言っても、「今日は駄目です。乗らないです。」とか言っていたのに、このコースでは勢い良く飛び出していった。
追い込みを心情としている石田会長は、ピッタリとマーク。そしてMacそのあとからエレック斉藤が続いた。
「真澄ちゃんの横っ飛び広場」通称「横飛広場」に到着した我々は昼食をとることにした。
先ほどまでのガレガレ続きのせいか、食欲をなくしていたMacは昼食を拒否したが、みんなが食べるというので結局食べた。
昼食後、マッツーがDR250Sに乗り、初の4スト体験をした。
帰ってくるなり、「パワー無いですね〜。でもグリップがいいですね」
とぶちかましていた。
そして、次にRAIDに乗って帰ってくるなり「DRよりは乗りやすいですね〜」
この一言はまあまあ良かった。
驚いたのは、石田会長がCRMに乗って元気良く消えていったと思ったら、しばらく帰ってこなくて、やっと戻ってきたかと思ったら、予想もしないことを口にした。
「楽しいね〜 やっぱ、2ストだね!」
「アクセルを開ければ曲がれる! う〜ん 俺は2スト野郎だったんだな〜」
マッツーは上機嫌になった。
続いて、Macも試乗した。
上りではその有り余るパワーで、路面のアンジュレーションなどはまったく問題にしないという激しい走りができた。
これならば、ダートでも上りの直線ならタマル氏をぶっちぎることも難しくは無い。
(直線だけかい!=推測されるタマル氏の突っ込みモード)
しかし、下りはMacの腕では寂しいの一言だった。
一通り遊んだ我々は「中の茶屋」まで戻り、滝見林道(舗装済)で五合目を目指すことにした。
しかし、これはある程度上っていったら、ゲートに閉ざされていたので、断念。
「紅富士の湯」で汗を流すことにした。
露天風呂を中心に、堪能し、大広間では生ビール。この瞬間は何とも言えない。しかし、マッツーはカキ氷みたいなのを二つも食べていた。
枝豆やモツ煮をおつまみにして、、、。
「紅富士の湯」を出たのが、PM4:00.
PM7:00までに一国オートに帰還しなければならなかったので、帰りは大忙しであった。
いつものように東名高速は厚木付近を先頭に20kmほどの渋滞。
しかし、石田会長は70〜80km/hですり抜けていく。しばらく走って前を走る遅いすり抜けライダーに詰まった瞬間、今度はSerrowのエレック斉藤が車線を変えて先行した。
これまた速い。
後を追うのは先頭のバイクを車達は認識するので、危険度は大幅に下がるが、先頭をその速度で走るのはちょっと異常な速度である。
もし世の中に「東名高速 すり抜けレース」なるものができたとしたら、エレック斉藤・石田会長は入賞することができるだろう。
因みに、中央高速でのすり抜けレースができたとしたら、アオヤマ氏はスリップ転倒でしょう。
そんなことで、渋滞を渋滞とも思わない無謀な走りで、我々はPM6:50に一国オートに到着した。
ここで、傷だらけのレイド君はしばらく入院することになった。
次に復活するのは、9月の下旬になるだろう。
一回り大きくなって復活することをだろう。