開催日:2001年7月15日
目的地:金精峠(一国オート第三回ツーリング)
参加者:24名
梅雨明け宣言も終わり、猛暑が続く季節には金精峠で涼むのが一番。
第三回一国オートツーリングはそんなことで「金精峠」となった。
朝8:00に関越・三芳PAに集まった頃には気温はすでに30度を越え、今日一日の過酷なツーリングを暗示していた。
一国オートの切り込み隊長のローライダーのアオヤマ氏がギックリ腰による欠席となり、副隊長のタマル氏が次の休憩地である「赤城高原SA」までの主導権を握ることになった。
今回の参加メンバーで先行馬に跨ったのは、私Mr.Mazyoraと副隊長のFXRタマル氏、BUELL X1のフジモト氏そしてDUCATI M900のキモト氏の4名だった。
これはまさに関越のACT(Air Cooled Twin)クラスのレースと言っても過言ではない。
スタート早々先行争いになったが、モンスターキモトとX1フジモトは様子伺いでFXRタマル氏をピッタリとマークしていた。
SUPER MAZYORA1200Rは開けた直線でFXR(91年式=旧車)をまくる計画を立てていた。
そのため、余裕で付いていくはずが、FXRの逃げ足が速い。
150km/hくらいではどんどん離され、見えなくなってしまった。
これでは、「直線でのぶっちぎり作戦」が実行できなくなるので、歯を食いしばって、先行部隊を追った。
最終コーナー手前(渋川付近)でやっと追いつき、一息入れた時、突然前が開けた。
まずはFXRの背後1mにピッタリと付き、プレッシャーをかける。タマル氏のバックミラーMAZYORAとタマル氏の目が合った。
もちろん、そこでアクセルを開けると思ったが、何とバックミラーを曲げて、視界からMAZYORAを消した。よほどうっとうしかったらしい。
しかし、それだけではタマル氏のプライドは許さなかった。
突然、バックステップに足を乗せ、頭は下げ、左手はフロントホークに添えて、最高速の体制に入った。
「来た!」
Mr.MAZYORAは待ちに待ったこの「一騎打ち」に股間が硬くなった。
これまでは、何のバイクに乗っても、余裕でぶっちぎっていた、タマル氏がこんな前傾姿勢をとって熱くなるのは珍しい。
点火系にDYNA2000を装着したFXRにタマル氏は賭けたに違いない。
ピッタリを背後を追走するSUPER MAZYORA1200Rのスピードメーターが200km/hを越えようとした時、序々にFXRに並び、そして追い抜きに成功した。
「旧車には負ける訳にはいかね〜」
Mr,MAZYORAはそう心でつぶやき、FXRを追い抜いた。
その瞬間、わたしのイメージではチェッカーフラッグが振られたので減速をした。
追い抜いた瞬間チェッカーフラッグが振られるというのがわたしのスタイルである。
レースで数々の名勝負が終わる瞬間はゴールラインの上をスローモーションで2台のマシンが過ぎていく、そんな感じだった。
赤城高原SAに到着すると、一国オート史上に残る100kmを越える長く激しいバトルを制した(?)Mr.MAZYORAはシャンパンの変わりに、エビアンを浴びた。
敗れたFXRはオイルを噴出していた。
一方のSuperMazyora1200Rは涼しい顔で、エンジンを冷ましていた。
女性や初参加の人もいたので、本隊はSofteilサイトウが100km/hで走行することになっていた。
が、気付いて見ると、みんなが追い越して行き、自分が最後尾になっていたことに不満を漏らしていた。「何だよ〜 だったら言ってよ〜」
赤城SAから数キロで沼田ICになる。
日本ロマンチック街道と呼ばれる国道120号線はいつものことながら、多少強引に車を追い抜いていかないと、気持ち良い走行は出来ない。
大体にして車の列の前にはバスが居る。そのバスをパスすると、しばらくは空いた状態になる。いつものように、後の軍団を忘れたかのように、それらの車をパスして気持ちよく走行していると、X1のフジモト氏やモンスターのキモト氏なども追走してきた。
彼らもそういった意味で気持ちよく走行できたことだろう。
大尻沼・丸沼・菅沼と越えて、金精峠の手前数キロのところにある大きな茶屋で休憩した。1500mくらいのこの付近はさすがに気持ちが良い。日が差さなければ寒いくらいの絶好の避暑ポイントなのだが、この日は日差しが強く日陰に逃げなくてはいけないくらい暑かった。
この先にある金精トンネルではさらに気温が低く、思わず「ふーっ」と言ってしまう。
金精トンネルが終わると、しばらくは下り坂が続く。トンネルでひと時の「涼み」を終えて下りに差し掛かった時に、背後にはDR250Sコブラのイシダ氏がピッタリと付いていた。
「一国峠」(一国オートの林道部隊名)の隊長はさすがにDR250Sでの参加となったが、高速道路ではヒーヒー言っていたのに、峠に来ると息を
吹き返したようだった。湯の湖を過ぎ日光湯元を越えると、戦場ヶ原が目の前に広がる。さらに進むと中禅寺湖が現れ、この辺でも休憩しようという意見もあったが、24台ものバイクを停めて寛ぐ所が見当たらなかったので、先に進むことにした。
この先は「いろは坂」
下りは路面が悪く、BigTwinには痺れるコースだが、DR250Sのイシダ氏だけは楽しんでいるようだった。
いろは坂を下り、日光宇都宮道路に入らずに国道を左に折れると、清滝に入る。
そして、昼食&温泉タイムを「やしおの湯」で過ごすことになった。
24名も居ると、いろんなくつろぎ方があって、温泉に入って、ビールで酒盛りを始める者。りんごジュースでくつろぐ者。寝ちゃう者。早々に着替えてバイクを磨く者など様々である。
午後の3時に清滝を後にして、日光宇都宮道路経由で東北道に入った。
次の集合場所は佐野SAである。
出発前、タマル氏は「俺は大人なんだから一番後ろを走るよ! もう飛ばさないからね!」と相変わらずの発言をしていた。
確かに、日光宇都宮道路ではSuperMazyoraの先導で120km/hで全員が綺麗に並んで走行することが出来た。
しかし,宇都宮ICで切符をもらってからは、さすがに暑さが答えたのか、速度が上がった。
しかし、140km/hくらいである。
このあたりからばらつきはじめ、ややもすると、案の定ピンクのFXRは飛ばし始めた。
しかし、飛ばしては緩め、飛ばしては緩めの連続だった。
このときには理性と野生の格闘があったに違いない。
佐野SAに入ろうとした時背後に迫って来たバイクがあった。
どうせ、先行部隊のFXRかX1かM900か?
と思って見てみると、Softailサイトウだった。
「いつの間に?」
彼はニヤニヤと笑いながら、最後に追いつけた喜びを表していた。
佐野SAへ到着した時には4台が行方不明になっていた。
Heritage2台・LowRider1台・X11が1台である。
次の集合地に言ってみると、Heritageミヤジマ氏が照れ笑いしていた。
ここで、解散となったが、Heritageミヤジマ氏の一国オート・オトボケ隊への入隊が決まった。
一国オート オトボケ隊とは、隊長がBuell S1Wのマッツーことマツナガ氏。
副隊長がツーリングの集合場所が海老名SAなのに、上りの海老名SAに行ってしまったCBヒラハラ氏。(誰が東京へ向かうねん?)
そして、今回入隊が決まったHeritageミヤジマ氏の3名の構成となった。
幸いにして我がMegaRideTouringClubには「オトボケ」メンバーが居ない。