開催日:2001年6月9・10日

目的地:伊豆・林道銀座(一国峠 キャンプ&林道フェスタ)

参加者:アポロン青山(Sherpa)・石田会長(DR250S)・子猫のマルちゃん(=タマル氏DR250)・崖っぷちマッツー(CRM250)・しかっり者 木本(Serrow)・マック(TT250R Raid

 写真集

近頃キャンプに嵌っているマックことMr.Mazyoraは、かねてから伊豆の林道銀座と言われる伊豆半島の中心部への一泊ツーリングを熱望していた。

その甲斐あって、一国峠のほぼフルメンバーとなる6名の参加で夢の「キャンプ&林道」が現実のものとなった。

最近凝っているオフロードとキャンプがセットになっているのだから我慢汁が出ないわけがない。

しかし、ひとつだけ失敗があった。

PLAINの三浦氏がたまたま持っていたTTR用のFCRキャブを譲ってもらったことが仇になってしまったのだ。そもそも高性能キャブというものはセッティングが大変で、その高性能を出す為にはかなり苦労する。そんなキャブを付けたものの、勿論すぐには良くなるとは無く、中速で「ゴボッ!ゴボッ!」と咳き込んでしまう状態でのツーリングとなった。
(だめだよ〜! 直前にキャブなんかいじっちゃ。しかも高性能キャブは特に駄目だよ〜  とタマル氏に言われてしまった。)

この部分だけが若干マイナスポイントだが、結果的には、それとは比べ物にならないほどプラスがあった。

海老名SAに8:00に集合したメンバーは、小生同様期待に胸を膨らませていた。

せっかちな青山氏はみんなが揃った瞬間、「さぁー 行こう」と相変わらずのせっかち振りを発揮していたが、この出発前の心地良いひと時をもう少しだけ延長してもらい、小田原厚木道路から箱根を目指した。

FCRキャブのセッティングは中速域に問題を抱えていたが、高速走行は初めてのチャレンジである。とりあえず、タマル氏のDR250をライバル視しているマックは、コーナーリングではかなわないので、直線くらいは勝ちたかった。

果たしてFCRの力はどうだろう?

タマル氏を誘うのは簡単である。

一行から抜き出て先行すると必ずタマル氏が追い上げてくる。必ずである。

まるで、「子猫に猫じゃらし」のようなものである。(子猫のマルちゃんというネーミングはここからきている)

タマル氏は予定通りに逃げるTTR+FCRを追い上げてきた。そしていつものように競ることも無くスーッと追い抜いて行ってしまった。

FCR不発」

中速が死に、高速も変わらず。(=ノーマル以下)

やや落ち込んだまま、小田原に到着した。

箱根湯元の三枚橋を左折し、旧東海道に入り、王簾の滝付近から左折し、いよいよ最初の林道「白銀林道」に突入した。

キャンプ道具満載の影響で心なしかペースが上げにくい。また、連日の雨で所々に水溜りがあり、ぬかるみも少なく無い。

これまでは富士山系の火山灰しか経験したことのないマックにとっては若干ビビるコースである。

しかし、林道初体験キモト氏がもっとビビッていたようだ。

キモト氏は早速洗礼を受けた。

リアブレーキを踏みすぎたようだった。

ジーパンに膝パット無しというチャレンジャーに白銀林道は挨拶代わりの砂利道を用意していた。

断続的に20kmほど続くこの林道は椿ラインに通じる。

その合流地点は休憩所になっていて、椿ラインを楽しむオンロードライダー達はくつろいでいた。そこに山手から泥だらけのオフ軍団がやってきて休憩した。

お互いに相手を見て、「どこが面白いの?」と思っていたに違いない。

椿ラインを下りて、湯河原から一旦海岸線の国道135号を南下し、山伏峠から伊豆スカイラインで冷川で下り、大室山付近を抜けて再び海岸線に出て、今度は熱川の先から「白田林道」「上佐ヶ野林道」を楽しんだ。しかしここは舗装路が多く期待はずれだった。(道が間違ってたのかな?)

また、細い山道での対向車というのはびくっとするが、よりによってポケバイ野郎がコーナーで現れたときには、肝を冷やした。

「上佐ヶ野林道」の終点は河津町に出るはずだが、東伊豆町に出たと言うことは道が間違っていたに違いない。

河津町から「長九郎林道」に入り、松崎町の道の駅・三聖苑で休憩した時には疲れが溜まっていた。この道の駅には温泉があるが、明るいうちにキャンプ場に到着するために、悩んだあげく先を急ぐことにした。

松崎からは駿河湾を見ながら国道136号線を北上し、宇久須を目指した。途中も堂ヶ島などはなかなかの景色だった。

キャンプ場は宇久須の街から山に10kmほど入った仁科峠の「牧場の家」に決定した。

しかし、一人600円と格安のキャンプ場のため、売店や風呂は無い。

したがって、麓の宇久須で入浴と買出しをすることにした。

まず風呂は宇久須温泉。

公営の温泉で一人120円。シャワーも何も無し。しかし、くつろげる温泉だった。林道で戦ってきた戦士を優しく癒してくれた。

地元の人がキープしていると思われるシャンプーが脱衣所にあり、迷わずそれを失敬して洗髪をした。

アオヤマ氏は石鹸があれば全身リフレッシュできる経済的な身体だったことに改めて気付いた。

入浴後、近くのサークルKで買出しをしたが、コンビニにはバーベキューに適した食材などあろうはずもない。しかし、宇久須の街には肉屋は無く、仕方ないのでアジの干物はゲットした。肉はコンビニの味付きカルビ。とりあえず食材が揃ったので、仁科峠の牧場の家を目指して山を上った。

キャンプ場では、土曜日だというのに他にキャンプ客は無く、寂しい雰囲気だったが、バイク野郎が6人とお酒があれば、他に何もいらなかった。
タマル氏は(伊豆=盛り場=ホステス=アジア系=くちなしの花)という方程式を持っているので、寂しそうだったが、宇久須の街には老人しか見かけなかったので、観念していた。いや、ひょっとして、我々が寝静まってから、伊東の例のお店まで行ったのかもしれない。

ひそかに今回のキャンプに思いを寄せていた石田会長はランタン・網・炭を揃えていた。今思うと、これらが無かったら、ただ火を焚いて飲むしかない。火の明かりだけを頼りに、、、。石田会長のGoodな品揃えに、キャンプの達人なる所以がある。だてに何回も北海道ツーリングを行っていない。

ビールでの乾杯を合図に夜の部が始まった。炭起こしをした後、まずはアジの干物が網の上に登場した。そして、焼き鳥、焼肉と定番メニューをこなしながら夜は更けて行った。

焼肉の部では、まだ焼けていないものまで取り合う激しい争奪戦が繰り広げられた。

優しく微笑んでいる石田会長には、なかなか回ってこなかった。

石田会長に焼肉が回ってきたのは後半だった。

それまでは、マッツー&青山氏がことごとく半ナマ状態のカルビを奪い合っていた。

散々食べ終わりフィナーレが近づくと、キャンプファイヤーが始まった。

やや湿った太い丸太を集め、「燃えないんじゃない?」という大方の意見を覆すべく、ファイヤーマンの青山氏が扇ぎまくって火を育てた。

夜になると気温が下がり、キャンプファイヤーで身体を温めるのが普通の人だが、奮闘した青山氏は一人で汗をかき、火から遠ざかっていた。

夜もふけ、散々飲み食いし、「そろそろ寝ようか?」という声があがると、すかさずアオヤマ氏は反論した。

「もう寝るの? この火照った体はどうするの?」

この発言は今週の「踊るヒット賞」に輝いた。


眼下に見える駿河湾と宇久須の町の灯り、そして定期的に下界から上ってくる霧(靄?)は幻想的な雰囲気を演出していた。鵺(ヌエ)の泣き声が聞こえたと青山氏は言っていたが、「へぇ〜」と軽く流しておいた。

残念だったのは☆が見えなかったことだ。満点の星空は次回に取っておこう。

シュラフを忘れたマッツーはひたすらウィスキーを飲んでいた。

マックはテントに入った瞬間、記憶が消えた。

 ---- 2日目 ----

6:00に目が覚め、テントの外に出て、恒例の「ラジオ体操の歌」を歌っていると、次々とテントから集まってきた。

やはり、目覚めにはこれに限る。

朝食は昨日購入しておいたサンドイッチやおにぎり、そして朝の定番と言えばコーヒー。

パーコレーターにセットされたコーヒーはキリマンジャロ。
シングルバーナーの定番であるコールマン・スポーツスター。2000
kcal/hを越す火力はお湯を沸かすのにそう時間はかからなかった。

新鮮な空気に乗って、朝のキャンプ場にコーヒーの香りは漂った。これが私の待ち望んだシチュエーションだった。

朝一番でマッツーは可笑しなことを口走った。
「朝目を覚ますと、みんながすでにバイクに跨って、出発しそうな状態で、焦る夢を3回見ました」

この不思議な夢が意味していたものは、すぐに解ることになった。

朝食後、荷物をそのままにして、朝練に出かけることにした。

前日は各自荷物が満載状態での林道だったので、イマイチ乗りが悪かったが、荷物無しで攻めれる喜びに股間はふくらんだ。

このキャンプ場から2〜3kmのところに「滝見林道」がある。そこが朝練の場所の予定だったが、なんと

「閉鎖」

脇からもどこからも進入するルートはなかった。

消沈してUターンすると、地図には無い林道を発見した。

先頭の青山氏は迷わず進入し、それに続いてマッツー、キモト、イシダ、タマル、殿はマックが務めた。

細くガレていて、濡れている。

林道の最悪3条件(=マッツーの不思議な夢が3回と合致している)をすべて備えている、この名も無き林道は忘れることの出来ない林道となった。

殿のマックは前を走るタマルの背中を見ながら走行していたが、そのタマル氏が急ブレーキをしたかと思うと、先にキモト氏が転倒していたのが見えた。

慌てて急ブレーキで横向きの状態で何とか停まったタマル氏を見て、マックも慌てて急ブレーキをかけた。

道の左側でキモト氏がこけていて、その右側で石田氏が停まって見守っていたため道がふさがっている。

タマル氏は何とか横向きで停車したが、マックにはそんな芸当は出来ない。

イシダ氏の右側の草むらに突っ込んで何とか停まった。

ほっとする間もなく、イシダ氏が言った。

「あれっ? 前でも誰か転倒してるよ!」

バイクを下りて近づいてみると、CRMが左の小さな崖(1〜2m程度の高さ)に前半分落ちかけていた。

後輪部だけがかろうじて道にかかっていたが、前輪部は突っ込んでおり、もう数十センチ言ってれば、その小さな崖からバイクが落ちていた。

運転者のマッツーは放りだされ、下に落ちた。

このときに、「崖っぷちのマッツー」と命名された。

4人係りでバイクを引きずり出して、マッツーも怪我がなかったので事なきを得たが、考えてみると怖いことである。あの不思議な夢の結末はこれだったのか?

これを境にマッツーの走りは「腰抜け」となった。

弱々とスローに走るため、余計に転倒することが多くなった。

石がゴロゴロしているところは徐行は禁物である。

飛ばしてもこける。ゆっくり走ってもこける。まさにマッツーのストレスはピークに達し、史上最悪の朝練は終了した。

キャンプ場に戻り荷造りをして、県道59号線(伊東西伊豆線)で伊豆スカイラインへ向かった。

伊豆スカイラインを6台で並んで走行していると、後方から1台のバイクが我々を一気に抜き去った。DUCATI 996である。

マックは冗談半分で、後ろを走るタマル氏に親指を下げて(Go to hell)合図をしてみた。(=猫じゃらし)

すると、タマル氏のスイッチがONになった。

うそのような本当の話である。

見えなくなった996を追いかけて行ってしまった。

すると連動してアオヤマ氏のスイッチもONになった。

仕方なく、自分もスイッチを入れて追いかけてみることにした。

すると、周回遅れ(四輪車)が多く、「ひょっとしたら追いつけるかな?」と淡い期待を持ちつつ、周回遅れをパスしていると、案の定、大型バスの後ろに996・タマル氏のDR250・アオヤマ氏のSherpaが見えた。

不思議な光景である。996の背後にピッタリと2台の荷物満載の泥だらけのオフ車が付いている。

「よし!追いつける。」

そう確信してアクセルを全開にして前の3台に迫った。

しかし、追いつきそうになったとき、996はブーンとバスを追い抜きはじめた。

対向車線には十数台のバイク軍団。

スイッチONのタマル氏はそんなこともお構いなしに追いかけて行った。

さすがにアオヤマ氏は追い抜きを断念した。

今度は、SherpaTTRの3位争いとなった。

バスを追い抜いたときにバトルは始まった。

まるで、イエローからグリーンシグナルに変わったように。

明らかに直線ではTT250Rが有利なはずなのに、約10mの差が縮まらない。

ここでは10mで約1秒の差位だが、これがなかなか縮まらない。

コーナーリングで離され、直線で戻すという繰り返しで、結局このまま亀石峠(=ゴール)に到着となった。

先に到着していたタマル氏はガッツポーズで996撃墜をアピールしていた。

惜しくも3位表彰台を逃したマックはヘルメットを脱ぐと、汗でびっしょりだった。

タマル氏に優勝インタビューをしてみると、背後にいる汚いオフ車に気をとられてオーバーラン気味にコーナーで膨らんだ996をインから差したということだった。

ディフェンディングチャンピオンのフジワラ氏が不参加だったが、震える手がその壮絶なバトルを想像させた。

本来はここからは、そのまま帰るのだが、キチガイ6人衆は山伏峠で多賀に下り、今度は湯河原から椿ラインを登って、初日の「白銀林道」を逆から行こうということになった。

「白銀林道」入口の椿ラインの頂上までの峠道では、またバトルが繰り広げられた。

逃げ:青山

先行:マック

追い込み:タマル

という、我々の中では普通のオーダーで椿ラインに突入した。

細く曲がりくねった道はアオヤマ氏の得意なコースで、路面が濡れていようがお構いなしで攻めていく、序々に離されるマック、その背後1mくらいにタマル氏という状態でしばらく続いた。

筑波での883のレースに例えるならば、先頭のアオヤマ氏が10秒台で必死に逃げ、11秒台のマックは序々に離されていく、早くマックをパスして先頭に追いつきたいタマル氏だが、この日のマックはなかなか手ごわい。立ち上がりではTTRのほうが早く、九十九折のコースではパスできるポイントが無かったのである。

やっと8周目(全部で10周のレースを想定)くらいにストレートでマックに並び、第一コーナーのブレーキングでパスし、先頭のアオヤマ氏を9秒台で追いかけるものの届かずにゴール。

といった感じだろうか。

マック的には8周目までタマル氏を抑えることが出来たことが大きな成果だった。

逃げ切ったアオヤマ氏は「いつ来るか、ひやひやだったよ」と優勝の喜びを表現していた。

あと、2周ほどあればパスできたタマル氏は、早い周回でマックをパスできなかったことを悔やんでいた。

椿ラインの頂上で小休止後、一国峠オフロード選手権 最終戦が「白銀林道」で開催された。後半に「逃げ」を選んでしまったマック、「追い込み」には石田会長。

水溜りを避ける余裕もなく、全身に水を浴びながら逃げつづけたが、どんなに飛ばしても、背後の「ドロッドロッ」という聞き覚えのあるDRの音が離れない。

スタンディングのため、バックミラーが見えないが、DRの音は最後まで消えることがなかった。マックにとって、一番しびれたコースだった。

ダートが終わって舗装されている場所で、長めの休憩を取り、2日に渡るキャンプ&林道の反省会を開いた。

色々あったが、一番重要なのはFCRのメインジェットを替えてみることだった。現在の116番から112番に変更してみて、それでも中速のコモリが解消しなければジェットニードルの変更ということになる。

メインジェットは比較的簡単で出来るが、ジェットニードルの場合、タンクもシートもはずさなければならないため、大仕事になる。

とりあえず、メインジェットでノーマルに近づけ、その後時間をかけてベストセッティングを見つけることにした。

箱根からは、西湘バイパス経由で、NAPS戸塚に寄って、メインジェットを買ったことは言うまでも無い。

とにもかくにも、最高の天気に恵まれたキャンプ&林道であった。

おわり。