開催日:2000/10/8-9
目的地:志賀高原 熊の湯
参加者:一国オート&PLAIN&BikersDreamの関係者 30名以上
毎年恒例のこのイベントは今年で何回目を迎えたのかは定かではないが、昨年参加してとても楽しかったので、今年も参加することにした。
年に1回くらいは、ハーレー軍団のパレードも悪くない。
この週末は確実に「雨」と天気予報では言っていた。
雨天走行を限りなく憎むFXDXアオキは、このツーリングへの参加をぎりぎり金曜日まで延ばしたが、結局参加するという連絡が入った。
本来は海老名7時という集合時間を中央談合坂SA 8:30に変更したのには裏があった。
一国オートの切り込み隊長兼太陽神であるMr.AOYAMAが春名湖経由で限りなく下道を行こうと働きかけた結果、中央高速で妥協したのである。
8:30の談合坂には20台近く集合した。
PRAINも一国オートもハーレーの販売店でも珍しくスポーツ系のShopということもあって、SportSterやBuellが半数以上を占めていた。
ハーレー以外はレーサーのT氏のTDM850と若手のGSX400と、そして、Buellライダーがもっとも意識するライバルDUCATI M900が居たのである。
それが判明した途端、Buellライダー達は目を吊り上げて「メンタン」をきっていた。
というのは冗談として、とにかく気になる1台だと言うことは間違いない。
集合時間を30分ほど過ぎて出発となった。
次なる集合地点は双葉SAである。
通常このように団体で移動する場合はそれぞれ回りに気を遣いながらまとまって走るのが一般的だが、「一国オート走り屋軍団」にとってはあまり関係無いようだった。
■■一国オート走り屋軍団 メンバー紹介■■
@隊長 Mr.AOYAMA FXDL ローライダー (ハンドル幅が20cm、本人いわくコンチハン=走り屋)
A副隊長 真澄ちゃん Buell M2 SSC仕様(これまではタマル氏と紹介してきたが、本人の希望でファーストネームにして欲しいということなので、今回より真澄ちゃんに変更になりました。)
B二等兵 マツナガ Buell S1W(SIWをこよなく愛する九州男児、時には真澄ちゃんをも脅かす存在になる)
C若旦那 (旧)Sporster 883改1200 4速(ご存知一国オート3代目)
DMr.Mazyora
隊長AOYAMAはいつものように次の目的地が決定すると単独で走り出すという特性を今回も発揮し、談合坂から出ていった。
それをメンバーが追いかけるという構造だが、若旦那は今回は旧車なので仕方ないとしても、二等兵マツナガは来なかった。
スタートが送れたMazyoraは必死でAOYAMA&真澄ちゃんを追いかけたが、結局追いつくことなく双葉SAに到着した。
「あの二人を最初に逃がしたら到底追いつけない。」自分自信に言い聞かせた。
双葉SAの次は諏訪湖SAが待ち合わせポイントと決まった。
しかもMazyoraはDUCATI M900に乗り換えてバトルに挑むことにした。
「発進は難しいよ!」と真澄ちゃんに脅かされたが、この高速道路では発進は一回だけである。ややぎこちなく発進し高速レーンに入り、序々にアクセルを開けていくと、微かにノーマルマフラーから「ぶぉ〜ん」とDUCATI独特の品のある排気音を響かせてスムーズに加速していく、「なかなか、良いゾ〜」真澄ちゃんを追いかけるのもそれほど苦労しない。
160km/hオーバーの緩やかなコーナーなどは、Sportsterなら歯を食いしばって「ウ〜ッ」と唸りながら追いかけているが、M900の場合、鼻歌とよそ見をしながらの走行が可能である。しかも、カウルが無いのに、風も気にならない。「良いバイクだ!」
浮気性の激しい、Mazyoraはちょっとだけ惹かれていた。
いつものように、160km前後のバトル(M-SSC=ミニ スポーツスターカップ)を楽しむ、AOYAMA&真澄ちゃん&Mazyoraに異変が生じた。
後方から丸め2燈のマルチパーパスが勢い良く迫ってきた。しかも秋本番の肌寒いこんな日にオレンジ色のスカジャンという薄着でである。
これは、今回の参加者である、レーサーT氏(TDM850)だった。
その瞬間、来月スポーツスターカップに出場を予定している真澄ちゃんが黙っているわけが無い。その瞬間真澄ちゃんは自分のクラス(SSC)を忘れ、MT(モディファイ ツイン)クラスにステップアップして行った。
取り残された、AOYAMA&MAZYORAは必死で追いつこうとするが、すぐに彼らは見えなくなってしまった。
それでもあきらめずに追いかけていると、路肩にパトカーを発見した。
しかもTDMとBuellの2台が捕まっていた。
双葉SAの手前5kmのところだった。
双葉SAに続々と集まってくるメンバーは捕まった二人の話題で持ちきりだった。
どのような違反か?これがテーマだったが、大方40km+αで7万円の罰金だなという意見が大半を占めたが、結果は意外で、2点減点 7000円の反則金だったと言うことである。
なんでも、追い越し車線を走行する覆面パトカーを左の走行車線から追い抜いた。ということが違反らしい。
パトカーいわく、「そのまま追い越し車線にいれば、パトカーが走行車線に避けたのに。」
不可解な違反である。しかし、紳士な真澄ちゃんは「たしかに、免許を取る時にそれは習った。」と言って、青切符を大事にしまっていた。それよりも驚いたのが、このカッ飛びロックンローラーの真澄ちゃんがゴールド免許所有者ということである。
そもそも、その辺から変だったのである。
諏訪湖SAに戻ってくる真澄ちゃんは、みんなの拍手喝采を受け、まるでレースで優勝したように両手を上げて応えていた。
諏訪湖SAの次は姨捨(おばすて)SAで待ち合わせした。
岡谷JCから長野道に入り、今度は集団の後方を走ろうと決めていたにもかかわらず、5分もしないうちに我慢できなくなる。そして、遥か前を行く、Mr.AOYAMAに向ってアクセルを開けた。このとき、切符を切られた後でも、真澄ちゃんは元気だった。
やっと、追い付きいつもの3台によるミニミニSSCが行われた。
ミニミニになった理由はやはり真澄ちゃんが押さえ気味だったからである。この日珍しく先頭を走るMazyoraは、姨捨SAの手前5kmくらいで覆面パトカーらしき1台をMazyoraは発見した。
黒・クラウン・セダン・フェンダーミラー・8ナンバー
確定である。
後ろの真澄ちゃんに「先に行け」の合図を送ろうとしたが、一日2回の切符はあまりにもコクなので、「ストップ」の合図にした。
そこからはその覆面らしき車の後をのんびりと走り姨捨SAに到着した。
この姨捨SAではBikersDream(長野のハーレーショップ)の方々が迎えに来ていた。
TAITANが3台もいた。
ハーレーの親分的存在のTITANはオールメッキで迫力があった。
SAそれはサービスエリア。誰しもがガソリンスタンドがあるものと思っていた。
中には途中予備タンクになっているヘリテイジもいた。
しかし、このSAにはガソリンスタンドが無かった。
ヘリテイジに跨るライダーは青ざめていた。Mazyoraも例外ではなく、そろそろ危なかった。地図で調べると、次の松代PAにGSがあることが判明した。16km先である。
「16kmなら何とかなるだろう」
不安を残しつつ、昼食を食べることにした。
ガソリンスタンドを目指して16km先の松代PAに向ってやはりMr.AOYAMAが一番に出発して行った。
松代PAに就くと、ヘリテイジがやっとの思いで無事到着していた。しかも、スタンド手前で、「ブスッ」とエンジンがいっていたらしい。数百ccが辛うじて残っていたようだった。
上信越道に入り、信州中野ICで下りた。
志賀中野有料道路を経由し国道292号線で熊の湯温泉を目指した。
ここからの一般道は30台を越す大部隊となり、先頭をプレインの三浦氏が走った。
そして、一国オートの隊長アオヤマ・副隊長真澄ちゃんはそれぞれ2番手・4番手の良い位置をキープしており、相変わらずのせっかちさを強調していた。
山を上るにつれ気温計の温度が序々に下がり秋を通り越し、冬を感じさせた。
木々も赤く染まり、
本来は横手山の山頂ヒュッテに宿泊するはずが、予定変更で熊の湯温泉になった。
熊の湯ホテルに到着しチェックインを済ませ、早速風呂に入った。やはり一番風呂も一国軍団だった。
露天風呂の柵の向こうを覗こうとするMr.AOYAMAは立ち上がって背伸びをして柵の外を見ていた。お尻に力を入れて後ろから見られまいとしていたが、「お稲荷さん」が見えていた。風呂上りに部屋に戻り、ビールを堪能していたら、記憶が遠ざかってしまった。
■■熊の湯温泉の由来■■
幕末の志士、勝海舟や吉田松陰らを育て、蘭学者・兵学者として
知られる佐久間象山は信州松代藩士として、現在の志賀高原であ
る沓野山の開発に尽力しました。自らの足で山々を踏査する折り
谷間に湧き出る温泉で手負いの子熊が傷を癒しているのを見て、
<熊の湯>と名づけたのが由来とされています。
眠りから起こされ、メインダイニングで夕食をしていると、正面に座ったマツナガ君がオトボケ2連発をかましてくれた。
★ オトボケ@
サザエのつぼ焼きの下に敷かれている、青みがかった「化粧塩」にパクリと食い付き、
「げっ! これ塩ですね!」
★ オトボケA
漬物皿には高菜漬と沢庵と小さなナスの漬物があった。この中の小さな丸いナスの漬物を見て、
マツザワ「これブドウですかね?」
アオキ「ナスでしょう」
そしてこれを口に運び味わった後、
マツザワ「これ、やっぱりブドウの漬物ですね!」
アオキ「・・・・」
そんな会話を聞きながら食事を済ませ部屋に戻ると睡魔が襲ってきた。
途中、何度か目を覚まして会話をしたような記憶はあるが覚えていない。
すっかり目がさめた時は、翌朝の6:30だった。
早朝の温泉ほど気持ちの良いものは無い。これはソープランドの比ではない。と誰かが言っていたが、その通りだと思う。
温泉に入りながら、序々に眠りから覚めていく。
マリファナは平常な状態から序々にトリップしていくものだと聞いたことがあるが、この朝風呂は「逆マリファナ」だということに気づいた。
9:30に表に集合し集合写真を撮り、横手山に向けて出発した。
昨年はこの横手山の山頂までみんなでバイクで登り、宿泊したが今回はリフトで登る人がほとんどだった。
勇敢にもバイクでこのダート道をのぼったのが、前出のTDMのT氏、PLAINの人、FXDLの無く子も黙るSquigucci氏だった。
リフトに乗りながら寒風にさらされ、「おれもバイクで上れば良かったゼ〜」と思ったのは私だけではないはず。それほど寒かった。それはそのはず横手山は標高2305mなのであった。
山頂ヒュッテでコーヒーや自家製の焼きたてのパンを食べ、またもやリフトで下りてきた。
小雨がちらほらと降ってきたが、このときのこの小雨が最後の雨となり、その後は降られることは無かった。
横手山から国道292を熊の湯付近まで戻り、県道66(通称ルート66 長野版)入った。
車がすれ違うにも神経を使いそうなルート66にハーレー軍団が山々に爆音を響かせて入っていく。対向車も時々いたが、すべての車は立ち止まって、物珍しそうに眺めていた。
そしてさらに驚いたのは、牛が放牧されていて、道端にいるということだった。
こんな狭い道端にいる牛と通り過ぎるバイクの距離は2mも無い。
しかも、カーブをアウトインアウトで回ろうとしていると、入り口のアウト側に牛が居て、膨らめない。
さらにはその牛は、横切ろうかどうしようか?二の足を踏んでいる。
そして極めつけは糞が道のあちこちに散乱している。
アメリカのルート66にも負けない完璧な道だった。
約12:15.山田牧場に到着して、大きな鉄板でバーベキューの用意が始まるころには、太陽が照ってきた。東京に電話をして、関東地区は現在雨が降っていることを聞かされ、晴れている志賀高原に居ることを幸せに思った。
昼食にバーベキュー(ジンギスカン)とブルベリーアイスクリームをほおばり、帰り道の検討に入った。
高速道路と軍団によるパレード走行だけでうずうずしていたMr.AOYAMAは渋川まで下道で行って峠を楽しもうと言い出した。
これに賛同したのが、TDMのT氏、二等兵のマツザワ、一国ヘリテイジのN氏、FXDXアオキそしてMazyoraだった。
結局、本隊は中央高速、小隊は上信越道、そしてコマンド部隊は長野街道の3つに分かれた。
我々コマンド部隊は嬬恋までの約60kmの峠道を爆走した。TDMのT氏は水を得た魚の如くマツザワ・AOYAMAを従えて暴走した。(真澄ちゃんがいたらさぞ楽しんだだろう)
途中の信号でやっと追いつたMazyoraはタイミングよく青信号へのかわる時に先頭集団のトップに踊り出るかに思えた。しかし、TDMはウイリーをしながら急発進して先頭を譲らなかった。
頑張って、後を付いて行くと、平均10km/hくらいで高速コーナーをクリアーしていくTDMについていくことが出来ず断念して、はるか離れた後続のBigTwin2台を待つことにした。
10分ほどして追いついた後続部隊を引き連れて先を行く先行部隊を追った。
笹平あたりで先行部隊が休んでいた。しかも、道端にバイクを止め、公衆便所で用をたしていた。
我々後続部隊はそのままパスして先を急いだ。
144号から145号に変わる交差点で小休止をし、本隊の動向をチェックした。
本隊は諏訪湖SAに居ることがわかった。
地図で見比べると、若干負けている気配だったが、中央道の渋滞に期待して、我々はタバコ1本くらいの短い時間で出発した。
中之条で給油している頃はこの一般道も車の数が増えだした。
ヘリテイジのN氏やFXDXアオキ氏にも疲労の色が出てきた。
「そのまま上信越で帰ればよかった」
と思ったに違いない。
そして、渋川市街地に着いた時には5時を回っていた。
周りは薄暗くなり始め、関越自動車道が混んでいない事を祈った。
幸い渋川伊香保ICから乗ってみると、スムーズに流れており、途中、本庄児玉?前橋間が若干渋滞になっていただけでそれほど大きな渋滞は無かった。
渋川伊香保ICを一番乗りでパスして本庄児玉あたりを60km/hくらいですり抜けをしていると、TDMがやってきた。
一緒に走っていると、いつのまにか渋滞が解消されそれでも120km/hくらいですり抜けをしている自分に気づいた。
120km/hと言えばSportsterのすり抜け速度の限界だったため、TDMに先を譲るとすーっとさらに速度を上げてすり抜けして行った。
できる限り付いて行こうと頑張っていると、さらに車は空き、160km/h域でもすり抜けになっていった。
TDMはすり抜けるとき、こまめにウインカーを左右に出して蛇行運転をしていく。真似をして同じようにして付いて行くとSportaterの左右別のスイッチは大変やりづらい。
それでも頑張って付いて行くと、あっという間に最終待ち合わせ地点の三芳PAに到着した。
やや遅れてMr.AOYAMAそしてマツザワさらに送れてFXDXアオキが到着した。
そして最後に大きく遅れてヘリテイジのN氏が到着した。
N氏は高速道路の渋滞が嫌なので、今回コマンド部隊を志願したが、あまりにも激しい走り屋部隊だった為後悔していた。
PM6:30頃に全員が揃い、ここで解散となった。
ここで気になるのが他の部隊の進捗状況だが、電話をしても繋がらない。
走行中ということはわかるのだが、どこを走っているのかが気になった。
「他の部隊はどこは知っているのだろう? う〜ん! 知りたい!」とかわいい子ぶってMr.AOYAMAはダダをこねていた。
※中央ルートの本隊または上信越ルートの小隊の方々の情報をメールください。何時に着いたのか?が気になっています。今後の参考にしたいので、、、。よろしくお願いします。