TR000429

MEGARIDE LONG TOURING

 

参加者:FXDXアオキ・Mr.Mazjora

目的地:愛媛県松山(柿崎邸)

開催日:2000/4/29-5/3

 

4月29日(SAT)

まだ朝も明けきらぬ、AM4:30

着々とFinal Touringに向け準備を進めていた。今回はハーレーが2台ということで、工具を一式積み込んだ。

一国オートから餞別としてもらった、プラグ4個(FXDXXLも同じプラグ)もしっかりと詰め込み、暖気運転に入った。

本来はAM9に海老名SA(えび9)の予定だったが、周りの助言で「えび6」と繰上げたため、家を5時で出た。

ほぼ6時に海老名SAに到着したが、やはりFXDXの姿はなかった。

たまたま隣になった、W650と話をしていると、納車1週間というピカピカなマシンはキャぷトンマフラーを装着した、基本系だった。

しかし、そのオーナー音が不満だという。1台だけで聞いているとなかなか良い音と思っていたらしいが、本当のW1の音を聞いたらさみしくなった。と言っていた。

そんなものかなと思っていると、神様のいたずらか本当にW1がドコッドコッとやってきた。確かに良い音だ。ますます、W650オーナーが沈んでしまった。

試しに、W650のキャプトン(=標準品)の音を聞かせてもらったら、「ひゅーひゅー」ととても静かだ。「これスクーターみたいに静かですね」

この一言で、さらに地底奥底まで沈んでしまった。

さらに「これはツーリングいく前にマフラー交換ですね」と追い討ちをかけると、とうとう地球の反対側のブラジルまで抜けてしまった。

そんな漫才をやっていると、いよいよFXDXが登場した。

我々の四国88ヶ寺巡りのたびは始まった。

予定を何も立てずに行き当たりばったりの旅行(=旅)を目的としていたが、柿崎部長が松山で釣りのセッティングを済ませていた。

5月2日に瀬戸内海で釣り=5月1日夜には松山に入らなければならない。

これだけが決定事項だった。

とりあえずひたすら西に向かって海老名SAを後にした。(AM6:30

約100km走行して富士川SA(静岡)そして浜松SA(静岡)で給油と小休止のあと、悲劇は起こった。

岡崎付近から春日井まで約30kmの渋滞を相変わらずの調子で路肩を走行していた。

いや、路肩と走行車線の境の白線上を走行していた。その時、美合PAまで残り1kmというところで、警察は張り込んでいた。笛に誘導されるのを無視して2人をかわしたが、3人目で捕まってしまった。

警察は「左によって」と声を荒げたが、

「なんでですか?」とおとぼけ攻撃をかけた。

「それでは、パトカーに乗ってください」

「なんで?」

「とにかく乗って!」

「あなたが一人で乗れば!」

などと押し問答をしながらFXDXを見ると、FXDXもしっかり、表に警官を呼んで切符を書かせていた。

 

以下省略 後日口頭で

 

とにかく無事きり抜けて、一路名古屋を目指した。

名古屋・一宮をパスし養老SA(岐阜)で昼食を摂った。

そして、関ヶ原・彦根・八日市・京都もパスして一気に吹田SA(大阪)まで頑張った。

時間はPM3。まずまずのペースだ。

ここで、最初の宿の検討に入った。

1.淡路島で民宿を探す。

2.姫路に行き、そこから小豆島にフェリーで渡り民宿を探す。

5分ほど議論を重ね、結果淡路島ルートに決定した。

全国民宿ガイドで予約を取ろうとしても、淡路花博の関係でほぼ満員。

かろうじて、淡路島に西側にある西淡町の民宿「小田」を予約した。

西宮で名神高速を下り、8800円くらい支払った。

「比較的安い」と思いながら、阪神高速3号〜第二神明〜阪神高速湾岸線を経て、神戸淡路鳴門自動車道に入り、明石海峡大橋(パールブリッジ)をわたった。

世界最長の吊り橋ということもあり、関東のベイブリッジやレインボウブリッジよりも豪快な橋だった。また、淡路島から見渡す神戸の町並みは日本であることを忘れさせるほど、印象的な景色だった。

「来て良かった」

二人はそうこころでつぶやいた。

津名一宮ICでおり、伊弉諾(いざなぎ)神宮にお参りした。

古事記の記述にある日本の最初の島「おのころ島」それを創造したといわれる、イザナギノミコトを奉った神社である。本堂や灯篭には菊の御紋が堂々と記されていた。それもそのはず、イザナギノミコトがアマテラス(天照大神)を生み、その曽孫が初代天皇・神武天皇である。つまり皇族にゆかりの神社である。

一宮町からは淡路島の西側を南下した。右手には瀬戸内海の播磨灘に傾いた夕日を見ながらの走行である。「雑誌に載せたい」と思うほど美しい光景だった。

40分ほど走ると、民宿を発見した。

普通の農家が一棟増築して、夏場の海水浴客をターゲットにした質素な民宿だった。

他には客も無く、和室2間を使って豪華な雰囲気だった。

茶の間でお茶をのみながら、TVを見ていると、ふすまを隔てた隣の部屋に布団が容易してある。

雰囲気的には、カップルなら完璧というシチュエーションだった。

長旅を癒すため、風呂に入り、タイを中心とした夕食を終え、あとは、どちらが先に寝るか?の駆け引きが始まった。

先に寝られたほうが、いびき攻撃に合う。

時間は8時50分、映画好きなFXDXはビバリーヒルズコップ3が9時から始まることを心待ちにしていた。

「もらった」

わたしは心でつぶやいた。

案の定、ビバリーヒリズコップのオープニングも見ることも無く、深い眠りに就いた。

 

4月30日(SUN)

翌朝、低気圧の影響で午後からは雨が降るという天気予報に従い、午前中に松山入りを目指し、AM8に淡路島を出発した。

淡路島と徳島を繋ぐ鳴門海峡の渦潮を橋の上から眺めながら、徳島自動車道で香川を目指した。

本当に天気が崩れるの?というくらいの快晴で、松山自動車道に入ると、雲がおおくなってきた。西日本最高峰といわれる霊山「石鎚山」の麓にある石鎚山SAで給油をしていると、ますます雲が濃くなってきた。フジイと連絡が取れ、免許が間に合わず、Banditで秋田に向かっていると、ここで聞いた。

松山まで、残り30km。

松山ICを下り、国道33号を10分ほど走ると、柿崎氏が満面の笑みで待っていた。

それはまるで、島流しにあった人が、10年ぶりに仲間に会えたような、、、。

過酷な地方単身赴任を察した。

誘導されるまま、柿崎氏のマンションに到着して、バイクを格納した。

部屋に通されると、奇麗なワンルームであった。ここはお約束の土足攻撃で挨拶の代わりとした。

6畳程度のワンルームにレンタル布団。となかなか質素な感じでお茶を飲んでいると、外は雨が降り出した。ぎりぎりセーフである。

その後、タクシーで道後温泉に向かった。

道後温泉とは地名と思っていたが、それだけではなく、「道後温泉」という松山市営の温泉があった。風呂だけは300円、風呂+浴衣+タオル+お茶+お茶菓子の1000コースを選らんだ、我々は古い明治初期の建物の二階に通された。

一列に並んだ座布団とカゴ、そこに座らされ、その場で下着の上に浴衣に着替えろと言われた。周りには女性もたくさん座っている場所である。

戸惑いながら、シャツを脱ぎ、浴衣を羽織って、風呂に向かった。

霊の湯と神の湯があったが、霊の湯に入った。御影石の浴槽は100年以上も前に作られたもので、夏目漱石の坊ちゃんでも有名な風呂である。

その昔、大国主命(オオクニヌシノミコト)や聖徳太子にもゆかりがあると、資料には出ていたが、一度行けば十分である。

雨のなか、松山市内の繁華街を徘徊し、明日の釣りに備え、早く寝ることにした。

 

5月1日(MON)

朝4時半に起こされ、5時にはタクシーが待っていた。

30分ほどで、三津港に到着し、用意された釣り具一式を船に積み込み出船した。

島々の多い瀬戸内海で今回ターゲットにするのは、カサゴである。

手釣りの仕掛けに同付き3本針、えさはキビナゴのような生餌をチョイがけで釣る。

一番底がタナのため、釣れるか、根掛かりかどっちかである。

魚は3人合わせて、20匹くらい釣ったが、錘や仕掛けも同じ位、海底に引っかかった。

昼には、船長から昼食が出来たとのアナウンスがあり、船尾に行ってみると、何と、船上で炊飯をし、今回のカサゴや鯛や野菜の入った、ゴッタ煮が振る舞われた。

大どんぶり一杯の、その煮物は半分食べるのが精一杯だった。

早めに釣りを終わらせて、情緒ある伊予電鉄で帰ることにし、その足で柿崎邸近所にある、トロン温泉に浸かり疲れを癒した。

温泉に浸かりながら、今後の計画を打ち合わせた。

1.このまま、生かした旅館を探し、道後温泉を楽しむ。

2.松山から別府にフェリーで渡る。

3.八幡浜から臼杵(うすき)にフェリーで渡る。

結果、夕方のフェリーで臼杵に行くことにした。

寂しがる柿崎氏を振りきり、八幡浜港を目指した。松山市から伊予市〜双海町〜大洲市〜長浜町〜保内町を経由して八幡浜市までは約70kmある。

出航までは2時間しかない。

FXDXにはすり抜けを強要できない。

厳しい条件下、右手に伊予灘を見ながら、国道378号をひたすら走った。

田舎の一本道はトロイ車(主に大型車)を強引にでもパスしないと、大きく時間をロスをする。その焦りがFXDXに伝わり、多少強引に付いてきてくれた結果、何とか、ぎりぎり間に合った。

これで、大分県臼杵に19:10に到着する。約2時間の航行である。

得意の全国民宿一覧で臼杵を調べたら、なんと1件しか掲載されていない。

しかも、連絡をしたら、今日はだめということだった。

ラブホテルを避けるために、必至で船内で聞き込みを始めた。

何とか5件ほど宿を見つけ、その中から「春光園」に決定した。

臼杵港から5分で「春光園」に着いた。看板には「料亭 春光園」となっており、古い佇まいは何かを予感させた。

しかし、通された部屋は洋室。がっかりである。

古い和室をイメージしていたのに、洋室ではラブホテルいやビジネスホテルのようである。

しかも、自慢の鍵付きの桧風呂も微妙に狭く、やはりカップル向きの様だった。

しかし、料理は抜群の海の幸だった。

よくよく調べてみると、臼杵は日本一のフグが自慢で、肝まで食わせてくれるところは、日本広しと言えど、臼杵だけである。

下関も一目置く、この臼杵をあらかじめ知っていれば、迷わずフグを頼んだことだろう!しかも、この「春光園」は知る人ぞ知る、有名店であることがわかった。

フグの肝は次回の楽しみとして取っておこう。

 

5月2日(TUE)

戦災を免れた為、古い武家屋敷などが数多く残る、神秘的な町並みを後にして、宮崎を目指した。津久見市・佐伯市・直川村から延岡市に向かう国道10号線は緑濃きワインディングロードで、五ヶ瀬側の上流が平行しているが、緑の水は思わず飲みたくなるような寸澄んでいた。

延岡から日向を通り抜け、宮崎までは海沿いの道。サーファーのメッカ日豊海岸を走り、宮崎市の手前の砂土原町の国民宿舎で温泉に浸かった。

温泉に火照った身体を素っ裸で外風にさらすと格別のひとときになる。

そしてそのまま、寝入ってしまった。

一時間位寝ただろうか、周りには人が居なくなった。FXDXの姿も見えない。

服を着て、別の部屋に探しに行ったら、そこではお決まりのカラオケ大会が催されていた。

まさかこんなうるさい所に居るはずも無いと思いきや、居た。

しかも、大の字になっていびきをかいて寝ていた。

かろうじて、カラオケに紛れて聞こえないようだったが、もし、誰かが、静かなバラードの曲でも歌ったら、ヒンシュクだろうな?などと思いながら、別の部屋で待つことにした。

宮崎港からフェリーで川崎までと決めると、気が楽になった。

まだ、少し時間があるので、最後の観光地を模索し、宮崎神宮にした。

ここは初代天皇・神武天皇を奉った神社でそれは堂々たる神社であった。

やはり菊の御紋が眩しく輝いていた。

PM6:00頃に宮崎港に向かい、マリンエクスプレスにチェックインした。

20:00に宮崎発で翌日16:30に川崎に着く。

大きなフェリーなので、さぞかし、いろいろなアトラクションが目白押しかな?などと淡い期待をもっていたが、何もなかった。

がしかし、喫煙所で知り合った、ライダーのトクムラ氏とバイク談義に花を咲かせ、数時間は稼いだ。

 

     トクムラ氏■

CB1300(真っ赤)

熊本県出身、西多摩地区在住、39歳(?)、ソフト開発の営業。

年に一度、故郷熊本までバイクで帰る。

 

20時間半の長旅だが、

料金はオートバイ¥8,800、人間:2等 和洋室¥24,000。

¥18,000の雑魚寝コースは避けて正解だった。

 

今回の旅は図らずも、おのころ島・イザナギノミコト・神武天皇と古事記というキーワードで繋がった。四国や九州とはそういうところなのかもしれない。